2008年01月15日

ユリウス・カエサルのお墓はない

前回、紹介しました ユリウス・カエサルですが、お墓はありません。

(前回の記事はこちらです)
  ■ローマ史上最も愛された男

古代ローマでデキる男で実質的支配者であった ユリウス・カエサルは、政治・経済の中心地であったフォロ・ロマーノ(政治経済の中枢部)内の元老院へ向かう途中、ポンペイウス劇場に隣接する列柱廊で亡くなりました。


暗殺でした。

権力の集中を怖れた人たちが行ったとされています。

ユリウス・カエサルの遺体は国葬で火葬されるのですが、遺灰は雨によりローマの地へ染込んでしまったといわれています。よってお墓は作れませんでした。


その火葬跡地に神殿が建てられ、ユリウス神殿として祭られることになりました。ユリウス・カエサルは神となってローマを見守ることになったのです。


フォロ・ロマーノ内に、今もユリウス神殿があります。今となっては風化してしまい、小さな祠(ほこら)の様になってしまっていますが、献花は絶えません。


観光地を訪れる際は、ぜひ歴史的情報を仕入れてから行かれることをお勧めします。感慨の深さが違いますよ。


(この文章はイタリアへの回想からプチイタリア留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2008年01月09日

ローマ史上最も愛された男

ローマ史上最も愛された男について知っておくと、イタリア旅行も更に楽しくなります。


年明けにテレビ番組で古代ローマ1000年史という番組がやっていました。途中から見たのですが、その番組で ユリウス・カエサル という人物を知りました。(学生時代に世界史の授業で習っているはずなんですが、記憶がありません。)


彼、ユリウス・カエサルは「ローマが生んだ唯一の創造的天才」とも呼ばれ、ありとあらゆる手腕に長けていたとされています。女性にもとてもよくモテたそうです。テレビ番組でも大衆側に身を置いた親しみやすい人物像が描かれていました。イタリアの歴史の授業でも「カエサルは良い人、ネロは悪い人」と紹介されているそうです。


ユリウス・カエサルはローマの行く末を常に想い、ローマをより良くするために生涯を捧げました。

そのユリウス・カエサルが活躍した古代ローマの政治・経済の中心地が フォロ・ロマーノ と呼ばれる場所です。フォロ・ロマーノの遺跡は、今は観光地として有名になっています。

ここフォロ・ロマーノに訪れる際は、ぜひユリウス・カエサルのことを思い出してみてください。


(この文章はイタリアへの回想からプチイタリア留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2008年01月03日

フィレンツェでタクシーに乗りました

前回は、ローカル電車に乗ったお話でした。
(前回の記事はこちらです)
  ■フィレンツェでローカル電車に乗りました


イタリアフィレンツェで電車に乗ることができ、嬉しい経験ができた後に、添乗員さん行きつけのレストランで夕食をしました。


事前に添乗員さんがお店に頼み、チップ込みで料金を設定してくれたため、リーズナブルで支払い易い形をとることができました。慣れない通貨での支払で、このような料金設定は大変助かります。


アンティパスト、パスタ、ピッツァ、メイン、締めはドルチェとお腹いっぱい楽しむことができました。

自分は洋風の甘いものに目が無いのですが、ドルチェはカートで何種類も運んできてくれて、そこから2種類選ぶことができました。大満足の夕食でした。

行きは電車を使いましたが、帰りは夜も遅く治安を考えると電車は危険ということで、タクシーでホテルまで帰ることになりました。

フィレンツェ中央駅にタクシー乗り場があり、ホテルの名前の入ったカードを運転手のお兄さんへ見せ、出発します。


電車に続き、初めてのタクシー乗車でしたので、ちゃんとホテルまでスムースに送ってくれるだろうかと緊張しましたが、要らぬ心配でした。真っすぐホテルまで送ってくれました。

料金を払い、チップを渡そうとすると、チップはいらないとのこと。気前のいいイタリア人の兄さんでした。


1日の終わりを充実したものとしてくれた、添乗員さん、レストランの皆さん、タクシー運転手のお兄さん、ありがとう!


(この文章はイタリアへの回想からプチイタリア留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年12月28日

フィレンツェでローカル電車に乗りました

イタリア旅行に行った際、フィレンツェで電車に乗る機会がありました。ローカル電車です。


その日の夕食は自由行動だったのですが、添乗員さんの行きつけのレストランがあるとのことで、自由参加で誘ってくれました。


結局、全員参加で行くことになりました。


当日宿泊予定のホテルから徒歩で近隣の駅に向かいます。日本人観光団のちょっとした移動です。徒歩の移動は周りの風景がゆっくり見られるので嬉しいですね。


小さな駅に到着しました。無人駅のようです。
切符を購入するところもありません。


電車が来たので、とにかくみんなでわいわい乗り込みます。


電車の扉は乗客が手動で閉めていました。驚きました。
開ける時ももちろん手動で、内側から開けます。


到着駅はフィレンツェ中央駅。とてもとても大きくて素敵な駅です。


電車賃は添乗員さんがみんなの分をまとめて駅員さんへ払ってくれましたので、自分が何もすることはありませんでしたが、ちょっとした冒険のようで楽しかったです。


(この文章はイタリアへの回想からプチイタリア留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年12月22日

悲しみのポンペイ遺跡 その3

ポンペイ遺跡の記事の続きです。

(前回の記事はこちらです)
  ■悲しみのポンペイ遺跡 その1
  ■悲しみのポンペイ遺跡 その2


前回、ヴェスヴィオ山の噴火により亡くなられた人々が、家族や愛する者と抱き合いながら最期の時を過ごした情景を、自分の目で見ることができると書きました。


どのようにして自分の目で見ることができるかというと、ものすごい量の火山による噴出物の影響によるものです。


ものすごい量の火山による噴出物(火山灰・火砕流)が古代ローマの人々に、街に降りかかります。

その噴出物に全てが埋もれてしまいます。石造りの建物などはそのままの形をとどめますが、人間の肉体はそうはいきません。時間とともに朽ちていきます。

その朽ちて無くなった肉体のあとには空洞が残ったそうです。最期の時を迎えたままの姿で残りました。

そしてポンペイ遺跡の研究者たちは、この空洞に石膏を流し込み、最後のときの姿を浮かび上がらせたのです。体の姿勢はもちろん、顔の表情まではっきりと見て取れるそうです。

苦しみや恐怖に怯えた姿は見るのは忍びないことですが、これが歴史の真実です。

ポンペイ遺跡に行かれる際は、この真実を知ったうえで行かれるとより充実した思い出をつくれるでしょう。


(この文章はイタリアへの回想からプチイタリア留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年12月16日

悲しみのポンペイ遺跡 その2

ポンペイ遺跡について、前回の続きを書きます。

 (前回の記事はこちらです)
  ■悲しみのポンペイ遺跡 その1


なぜ約2000年前もの当時の古代ローマの都市と人々の生活ぶりがこんなにも詳しくわかることになったのか説明していきたいと思います。




西暦79年8月24日に、古代ローマの都市ポンペイは、ヴェスヴィオ山の噴火により滅亡したのです。わずか19時間の出来事だったとのことです。


火山による火山灰・火砕流であっという間に都市を覆い尽くしてしまったのです。


そしてこの火山による噴出物が一瞬にしてポンペイを覆ってしまったために、当時のポンペイをタイムカプセルのように保管していたのです。


また、保管されてから1700年間埋まったままで発掘されなかった点も、保管状態を良好にした要因の一つです。


ここで自分が驚き悲しくなったのは、当時の人々が火山の噴出物から逃れきれず、家族や愛する者と抱き合いながら亡くなっていった事実を目の当たりにしたことです。


実際にこの情景が、今現在、自分の目で見ることができるのです。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年12月10日

悲しみのポンペイ遺跡 その1

ポンペイ遺跡は、イタリア南部のナポリ近くにある古代都市遺跡です。イタリア地図の長靴でいうと、インフロントキックするところの少し上、すねの少し下、ちょうど足首あたりです。伝わるでしょうか?


ポンペイは今から約2500年前~約2000年前に存在していました。紀元前から存在していました。日本でいうと縄文時代や弥生時代の頃です。


その時すでにポンペイでは、碁盤目状に通りがあり、道路は石で舗装され、車道と歩道とが区別されていました。市の中心には広場もあり、計画的に設計された都市でした。


当時はぶどうの産地でもあり、ワイン醸造を営んでいたとみられ、港を活かした貿易都市で大変栄えていた様子です。貿易商業都市であるということで、商人向けの娼婦館のような施設もありました。

上下水道もあり、給水塔を利用した鉛製の給水管でもって街の隅々まで給水されていました。

神殿・公会堂・投票所・円形闘技場・公共浴場なども建てられていました。

パン屋さんもありました。


日本の歴史を学んだ日本人として、縄文時代・弥生時代からは想像がつきませんね。


でもなぜここまで詳細に2000年前の人々の生活がわかったかというと、それはとても悲しい出来事があったからです。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年12月04日

ピサの斜塔オプショナルツアー

イタリア旅行フィレンツェを訪れる際は、オプショナルツアーを選択するのも一案です。

よくお勧めとして載っているのが、ピサの斜塔観光

フィレンツェ中央駅から列車やバスが出ており、フィレンツェから西へ90km、1時間から1時間半ほどで行けます。現地ツアーとしてでは10,000円程度で半日観光ができます。フィレンツェ滞在の半日をピサの斜塔オプショナルツアーとして利用するのもおもしろいかもしれませんね。


ピサの斜塔の傾斜は有名ですが、その傾斜度は約3.97度。写真で見るだけでもかなり傾いていますが、現地で見るともっと傾いて見えるそうです。

この塔は、12世紀から建て始め、地盤沈下等による紆余曲折を経て、14世紀後半に完成しました。

地盤沈下による影響で、何度も中断・修正を繰り返しています。3階部分までを建てる前に既に傾いており、何とか倒れないようにするため3階部分より上がカーブしているそうです。実際は沿っているだそうです。その後も傾きが続いていたのを、ワイヤーを張ったり、塔の根元にコンクリートを流し込んだりして、何とか食い止め、現在に至っています。

今ではこの ピサの斜塔 に登ることもできます。ちなみに塔のてっぺんは、地面と水平になっているそうです。

ただし登るには完全予約の人数制限があるので、登りたい方は前もってご準備が必要です。


こちらピサの斜塔を訪れた方の満足度は高く、人気の高いツアー言えそうです。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年11月28日

イタリアのコイン その2

イタリアの硬貨について、前回書きましたが、その続きです。

 (前回の記事はこちらです)
  ■イタリアのコイン


結局、日本に持ち帰ったイタリア通貨には、ユーロはなく、セントのみでした。1セント2枚、5セント1枚、10セント1枚です。


今回は、これら硬貨の画像を載せてみました。前回載せればよかったのですが、あまりにも黒ずんでいて、デザインが見てもはっきりしないくらいになってしまっていたので、硬貨を磨いてみました。それでも黒ずんでいて見にくいのですが、目を凝らせば多少はデザインの輪郭はわかってもらえるかと思います。そう願っています(笑)


イタリアコイン表裏


左から1セント(2枚)、5セント、10セントです。上側は数字が書いてあります。下側はそれら硬貨の裏側で様々なデザインが描かれています。

一番左は何のデザインかわからないのですが、その右側の1セントは、カステル・デル・モンテと呼ばれる13世紀に建てられたお城がデザインされています。世界遺産です。

次の5セントのデザインはローマのコロッセオです。黒ずんでいますが、わかっていただけるでしょうか。

一番右側の10セントのデザインは、絵画「ヴィーナスの誕生」のヴィーナスの顔です。顔の輪郭がわかっていただければ嬉しいです。


あとは何としても、一番左の1セントにデザインされている花の正体をつかみたいと思います。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年11月22日

イタリアのコイン

イタリアの通貨は、以前はリラでした。今はユーロになっています。ユーロは2002年に導入されたとの事ですので、まだそれほど経っていないのですね。ユーロはこれからますます力をつけていくことでしょう。


さてそのイタリアの通貨であるユーロですが、クレジットカード決済ばかりでは不可能ですので、当然イタリア旅行最終日まで残っています。この残ったユーロをローマ空港内のお土産屋さんで使い果たすこととしました。


でも結局少し余ってしまったので、イタリア旅行記念に日本に持ち帰ることとしました。でも結構目一杯買ってしまったので、結局残ったのはユーロの下の単位のセントのコインが残るだけでした(笑)。


手元に残ったコインは、1セント2枚、5セント1枚、10セント1枚です。表と裏が数字が描いてある方なのか、絵が描いてある方なのか、よくわかりません。仮に数字が描いてある方を表、絵が描いてある方を裏とします。


1セント2枚ありますが、それぞれ裏の絵が異なっていました。いろんな種類の硬貨が発行されているのですね。一方はカステル・デル・モンテと呼ばれる13世紀に建てられたお城がデザインされていました。世界遺産としても登録されている有名なお城らしいです。他方は何かの花がデザインされていますが、何のデザインかわかりませんでした。またわかったら記事に書きたいと思います。


5セントの裏のデザインはローマのコロッセオでした。これは少し前に観光に行ったところですので何だか嬉しかったです。


10セントの裏のデザインは絵画「ヴィーナスの誕生」のヴィーナスの顔でした。これも観光で見た絵画でしたので嬉しかったです。


他の単位の硬貨はどんなデザインなのか、また同じ単位の硬貨でも今回の1セントみたいに裏のデザインが異なるものもあるので、興味がわいてきました。次に見る機会があったときはじっくり観察したいと思います。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年11月16日

イタリアのお土産

イタリア旅行のお土産で、周りに配るものはいろいろたくさん買い込みました。
お菓子やパスタやお酒や革製品や石鹸やティッシュケースカバーやメモ帳や、かなりの量を買いました。


自分にも何かイタリア旅行の記念になるものが欲しかったので、自由時間にいろいろ見て回りました。高価なものは買えませんが、お気に入りの品を買うことができました。


タイルとピンバッチ


人工大理石?のタイルと、ピンバッチです。

自分はデザインの可愛いタイルやガラス製品が昔から好きなのです。トレヴィの泉へ向かう最中の道の両側にお店が立ち並んでいるのですが、そこにあった石製品を置いてあるお店に目をつけ、トレヴィの泉から戻る途中に、自由時間はなかったのですが急いで購入することができました。


前回の記事(■大理石は大理の石)で大理石の床のことを書きましたが、そのデザインに似るところもあり気にっています。


また、ピンバッチですが、フィレンツェで買ったものです。これも、フィレンツェのシンボルマークデザインが可愛いので気に入っています(参照■フィレンツェのシンボル)。

いい買い物をしたと満足できました♪


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年11月10日

大理石は大理の石

イタリア旅行で石の美しさを知りました。以前からガラスの美しさが好きでしたが、イタリアでは石が加工され、ガラスと同様の光沢も発していました。大理石で作られた壁画は言うまでもありませんが、建造物の床も美しいデザインの大理石で埋め尽くされていました。建物内に入っても床にばかり目を取られていました(笑)。

大理石の床


大理石の用途を高めているのは彩りの多さです。しかも天然の素晴らしい色合いときています。硬度の低いので加工もしやすくもってこいの素材ですね。

大理石は、正式には結晶質石灰岩といい、主成分は方解石らしいのですが、詳しいことはわかりません。

ただ、何億年という前の地質時代の生物の遺骸が堆積・沈澱したものが、地殻変動により圧縮、熱変成作用を受け、大理石となったものらしいです。様々な色合いもこういったことからきているようです。

大理石という名前の由来ですが、中国の雲南省の大理県でいうところでたくさん産出されることからきているようです。ちなみに英語ではマーブルmarble、イタリア語ではマルモmarmoです。
マーブルと知って何となく納得できました。

(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年11月04日

ローマの噴水

前回はスペイン広場について書きました。

 (前回の記事はこちらです)
  ■スペイン広場


その前はトレヴィの泉について書いたのですが、スペイン広場にもスペイン階段の下に噴水があったようです。船の形をした噴水でとってもきれいな噴水です。バルカッチャの泉というようです。他サイトで画像を拝見させてもらいました。トレヴィの泉と比べると壮大さには欠けますが、丸い池に、箱舟が浮かんでいるようなデザインは、個人的にはトレヴィの泉より好きです。

 参照:とんでもとらべる ローマ旅行写真集
 http://www3.kcn.ne.jp/~mamama/photo-roma/photo-0124.htm


イタリア観光でスペイン広場に行っているときには、すぐ傍にあったはずなのに全く気が付きませんでした。手元に写真が無いのが残念でなりません。
ローマ観光は時間が無く、お土産を買うのにお店を探しまくっていましたので、目に入らなかったのでしょう。いや~もったいなかったです。

バルカッチャの泉の写真ではありませんが、ローマ車窓観光で撮った噴水の1枚があったので掲載させていただきます。名前もわかりませんが、バックの建物も綺麗な色合いだったので取りました。

ローマ車窓観光での噴水


ローマに限らず、イタリアは噴水が数多くありそうです。街中で水の音に癒されましょう。

(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年10月29日

スペイン広場

ローマ観光スポットの一つにスペイン広場があります。知識に疎い自分も、このスペイン広場はイタリア旅行前から知っていました。映画「ローマの休日」でスペイン広場のシーンが出てくるからです。


スペイン広場へ到着すると、トレヴィの泉よりも観光客で混雑していました。みなさん階段に座っています。それぞれが「ローマの休日」に思いを馳せているのかなぁ、などと考えていました。

スペイン広場に関する知識は、「ローマの休日」くらいしかなかったのですが、よく考えればもっと気になる点も出てきます。

まずイタリアローマなの、なぜ「スペイン」なのか。

これは17世紀の話ですが、この辺りにスペイン大使館があったことに由来しているそうです。なので「スペイン広場」。なるほど。今はもうないのでしょうか。

それと、この大きな階段についてですが、実は階段を登りきったところに。教会が建っていたそうです。もちろん現在も建っています。自分が知らなかっただけです。知らなかったので、写真にもその教会の一角しか写っていません。もったいないことをしました。階段後方にある白っぽい建物がそれです。
全力で駆け上がろうとしてできなかったことは記憶に残っています(笑)

スペイン広場

この教会は、トリニタ・ディ・モンティ教会といい、階段の名前もトリニタ・ディ・モンティ教会と言うそうです。通称ではスペイン階段となっています。


ちなみに、この通称スペイン階段ですが、「ローマの休日」で、オードリー・ヘプバーン扮したアン王女がジェラートを食べているシーンが印象に残っていますが、今は飲食禁止となっています。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年10月23日

トレヴィの泉の彫刻


トレヴィの泉の彫刻

トレヴィの泉の彫刻の中央には、筋肉隆々で髭を生やした威厳に満ちたおじさんが立っています。この人が海の神ネプトゥヌス(英語でネプチューン、ギリシャ語でポセイドン)といわれています。ネプチューンやポセイドンという名前は聞いたことがありますが、ネプトゥヌスは聞いたことがありませんでした。

右手で部下へ指図しているように見て取れます。かっこいいですね。


大きな貝の戦車か馬車に乗っているそうで、よく見ると貝とわかりました。とっても大きい開いた貝の中に立っています。

海神ネプトゥヌスの下には2頭の馬と2人の男性らしき人物がいます。
彫刻の馬は海馬と言われています。後半身はイルカなんでしょうか。よく見ると馬には羽がついています。海の馬ですが、飛べるのでしょうね。この海馬は海神ネプトゥヌスの載っている貝を牽いているようです。


海馬を率いている人物はトリトンという海の神といわれています。半人半魚らしいのですが、この彫刻からははっきりとはわかりませんでした。2人いますが、2人とも海神トリトンなのでしょうか。


向かって右側の海馬と海神トリトンは穏やかな様子が感じられます。海神トリトンは頬っぺたを思い切り膨らまし、法螺貝(ほらがい)を吹いています。吹くと海が穏やかになるそうです。向かって右側の海馬と海神トリトンは平穏な様子を表しているのでしょう。


逆に向かって左側の海馬は暴れているように見えます。躍動感にあふれた素晴らしい彫刻です。この暴れている海馬を海神トリトンが抑えなだめているように見えます。こちらの海神トリトンには法螺貝はありません。


左右を対象に表現しているのでしょうね。ちなみに海神トリトンは海神ネプトゥヌスの息子さんらしいです。

海神ネプトゥヌス左右には女神が配置されています。向かって左側が豊饒の女神デメテル(ケレス)で、向かって右側が健康の女神ヒギエイア(ハイジア)です。

豊饒の女神デメテル(ケレス)は果物籠のようなものを、健康の女神ヒギエイア(ハイジア)は槍のようなものをそれぞれ持っています。豊饒と健康を表しているといわれるとそんな気もしてきます。


やはり事前に情報を仕入れてから現地に赴くと良いですね。よりいっそう楽しめます。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年10月17日

トレヴィの泉とポーリ宮殿

前回に続き、トレヴィの泉に関しての記述です。

 (前回の記事はこちらです)
  ■トレヴィの泉



今回は、トレヴィの泉の彫刻に焦点を当てたいと思います。

これからお話しすることも、後日知ったことなので、現地では全く知識としてありませんでした。今思えば、知っていればもっと楽しめたのにと思うことがたくさんあります。どこか知らない土地に行く時は、事前にその土地の情報を仕入れてから行くと、目的地に着いたとき、楽しみや感動が膨れ上がります。これからローマのトレヴィの泉に行かれる方は、ぜひ事前に情報を仕入れてから行ってください。情報は仕入れ過ぎと言うことはありませんので、たくさん知識にしていってください。


まず知らなかった大きな点は、このトレヴィの泉は単なる巨大な彫刻噴水でなく、ポーリ宮殿という宮殿の壁面を利用して作られているという点です。宮殿の壁面だったのです。これには驚きました。自分には噴水しか目に入っていませんでしたが、実際は壁を見ていたに過ぎなかったのです。宮殿がそこにあると知っていれば、少し歩いて、その外観を眺めることもできたでしょうに。今となっては少し残念です。


トレヴィの泉 その2

写真を見直すと、確かに壁っぽいですね。でも言われないとわからないでしょうね。自分は噴水やコイン投げで頭がいっぱいになっていました。彫刻も実はよく見ていませんでした。

今度は時間をみて、彫刻についても調べてみたいです。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年10月11日

トレヴィの泉

ローマへ言った際に、トレヴィの泉へ行って来ました。


トレヴィの泉へ向かうにあたって、左右にお店が立ち並ぶ道を通っていきました。
いろいろなお店があってお土産を探すにはいいところでしたが、時間が許さす、多くは見て回れませんでした。どこへ行っても、自由時間が欲しいという我儘は消えません。


トレヴィの泉


トレヴィの泉は人気のある観光地らしく、かなりの人で混雑していました。なかなか近くへはいけないかなと思っていましたが、回転も速く、思ったよりすんなりと近場でトレヴィの泉を満喫することができました。


トレヴィの泉を背にし、コインをトレヴィの泉へ投げ入れると、願いが叶うといわれています。コインの枚数によって、叶う願いは違うそうです。またローマに来ることを願うなら、コインを1枚と添乗員さんに聞いたので、1枚投げ入れてきました。ローマへ再び行く日が楽しみです。コインを2枚や3枚入れると叶う願いも、その時、添乗員さんから聞いたはずですが忘れてしまいました。また思い出したら、書きたいと思います。


コインを投げ入れて満足した後は、すぐ向かいのジェラート屋さんでジェラートを食べました。天気の良い日だったので、冷たいジェラートがとても美味しかったです。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年10月05日

コロッセオ

ローマをバス観光で通った際に、短時間でしたがコロッセオを目の前で見ることができました。言わずと知れた円形競技場です。紀元80年に完成したといわれていますので、1900年以上経っている建造物ということになります。


コロッセオ

西暦そのままを生きてきた建物なんですね。建物の外周壁が半分近くないを見れば相当古いものとは思っていましたが、そこまでとは想像が及びませんでした。脱帽です。

それに、外周壁がないのは、その古さゆえの天災などの影響かと勝手に思っていましたが、事実は違うようです。


大理石など良質な建築材料が使われていたせいなのか、他の建造物の材料として切り取られてしまっていたらしいのです。材料といっても 石 だと思うので、切り出したり、運び出したりするのはとても大変な作業でしょうが、できているものを削っていく作業は寂しい気持ちになります。


外周壁が半分なくなる頃にやっと、コロッセオの存在価値が認められて現在に至るようですが、外周壁が真っ裸にならず残ってて良かったです。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年09月29日

フィレンツェのシンボル

花の都といわれるフィレンツェは市の紋章が百合でデザインされています。とても素敵なデザインです。

百合の紋章はフランス王室の紋章だったらしいのですが、フランス王室が財政に困窮している時に、メディチ家が支援したことで、百合のデザインを使用することが許可されたのが由来とのことです。


メディチ家というのは、添乗員さん曰く、桁外れの大金持ちだったようです。日本の財閥のイメージをはるか超えているようです。大きなお城を初めとした数々建造物、装飾品、絵画、天井絵画と見ていけば、想像しがたい財力の持ち主であったことがわかります。どのくらい資金力かは想像できませんが。


レオナルド・ダ・ヴィンチや、ミケランジェロといった有名どころも経済的に支援していたとされ、ルネサンス文化に貢献したともいわれているらしいです。ともかくすごい一族です。


フィレンツェ水道管口の百合の紋章


画像は道路面にあった水道管を写したものです。可愛いマークだったので撮ってみましたが、後でフィレンツェの紋章だとわかりました。
(中央下が百合の紋章です。)

そういえば現地で購入したミネラルウオーターのキャップの表面にも、百合のデザインが施してありました。

注意して見れば、そこら中が百合だらけだったかもしれないと、今、思っています。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年09月23日

ヴェッキオ橋

イタリア フィレンツェ に流れるアルノ川にはヴェッキオ橋という橋が架かっています。
ヴェッキオというのは古いという意味で、その名のとおりかなり歴史のある橋です。フィレンツェでは最も古い橋という話です。


ヴェッキオ橋は橋と言っても、見た目は建物といった印象で、川が流れていなければ、橋とは思えない造りとなっています。この橋の大きな特徴として二層式の回廊を持っている点が挙げられます。二階建てになっているようなのです。


自分はヴェッキオ橋をミケランジェロ広場から眺めただけで、実際には渡ってはいません。
観光時間のこともあったのですが、添乗員さんによると、この橋には店舗が所狭しと両脇に連ねており、金細工といったとても高価なものが販売されているということで、自分には縁が無いなと思い、フィレンツェの他を見て回ったからです。ちょっとしたお土産はここでは買えないそうなので、お土産探しをされる場合は他を探しましょう。

ヴェッキオ橋


ヴェッキオ橋は建物のようなものですので、外側から内側を見ることができません。ただし橋の真ん中あたりは壁が取り払われており、外側からは橋を渡っている人を確認することができますし、橋を渡っている人は川を眺めることができます。ともかく本当に変わった建築物です。


貴金属に興味のある方はぜひ行って見てください。本物を見ることができるでしょう。

(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年09月17日

ミケランジェロ広場

前回は、ミケランジェロ広場にあるレプリカのダビデ像について書きました。
今回は、ミケランジェロ広場から見たフィレンツェの町並みについて書きたいと思います。

 (前回の記事はこちらです)
  ■ダビデ像のレプリカ




ミケランジェロ広場は、バスで高台に上ったところにありました。バスなので何ともなかったですが、歩きならつらいかもしれませんね。


確か昼過ぎに行ったのですが、広場には屋台風のお土産やさんと前述のダビデ像のレプリカがあったぐらいの記憶しか残っていません。その他にもいろいろあったのかもしれませんが、覚えていません。人も多くなく、短時間の滞在でしたが、満喫できた感があります。


その理由は何と言っても広場から見下ろすのことできるフィレンツェの街でしょう。フィレンツェの町が一望できます。

ミケランジェロ広場から見たドゥオモ

ドゥオモをはじめ、様々な建物が整然と並んでいるのがわかります。フェレンツェの町並みは上から見ることも意識して建設されたのでしょうか。そんな印象も残させるものでした。


フィレンツェに訪れた際は、ミケランジェロ広場にぜひ足を伸ばしてみてください。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年09月11日

ダビデ像のレプリカ

フィレンツェのミケランジェロ広場という丘の上にありフェレンツェが一望できる場所があります(また別の機会にフィレンツェを一望した眺めのいい写真を掲載したいと思います)。




このミケランジェロ広場にはダビデ像のレプリカがあります。あなたもダビデ像のことは何かできっと見聞きしたことがあるでしょう。写真を見ればすぐに想い出すことでしょう。


自分もフィレンツェ観光中にバスでミケランジェロ広場に行って見ることとなったのですが、バス内で説明されても、聞いたことあるなあ、くらいの反応でした。


ミケランジェロ広場にバスが到着して実際見てみると、まず、その大きさにビックリしましたが、少し離れて真正面から全体を見てみると、ああ見たことある、と思いました。

中学生の時にでも美術か社会の授業中に教科書に載っていたのを見た記憶かもしれません。



ミケランジェロ広場のダビデ像


このとき見たのはレプリカのダビデ像ですが、貴重な体験となりました。今後はダビデ像についての話題が挙がれば、まず、ミケランジェロ広場で見たこのダビデ像を想い出すことになるのでしょう。実体験は何よりも勝りますね。




(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年09月05日

ハリーズ・バーでの画像

以前に紹介しましたヴェネツィアにあるハリーズ・バーの有名な飲料でベリーニですが、画像が出てきましたので、掲載いたします。


以前の紹介記事はこちらです
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■ヴェネツィアのハリーズ・バー
http://italy.access.tc/2007/02/post_72.html
(~中略~)割りと大きめのグラスに注がれている濃いピンク色の小さく発砲した液体で、美しさに一瞬見とれました。このカクテルに口を近づけると、小さな気泡がはじけ、かぐわしい香りが鼻腔を通ります。(~中略~)
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ハリーズ・バーのベリーニ


今年の日本の夏はとても暑く感じられますが、このベリーニの画像を見ると、当時味わったのど越しがよみがえってきます。確か軽い炭酸が入っていて、のどではじけて心地よかったと思い出されます。

ベリーニの画像とともに、ハリーズ・バーの店内の様子がわかる画像が出てきましたので、合わせて載せておきます。


カウンターの写真です。
ハリーズ・バーのカウンター

全身白で固めた男性が給仕してくれたのを思い出しました。しゃれていますね。


店内はこんな感じです。
ハリーズ・バーの店内

確か2階もあったような気がします。今度は上がってみたいですね。





屋外からの画像は出入り口と、窓がありました。
ハリーズ・バーの入口

ハリーズ・バーの窓

窓にある紋章のようなものがかっこよく、記憶に残っています。
行かれる方は目印にしてくださいね。




(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年08月30日

ホテル・ダニエリのカプチーノ

前回に続いて ホテル・ダニエリ のお話です。




前回の記事はこちらです。

 ■ホテル・ダニエリの内部写真




以前にもホテル・ダニエリについて書いていますが、宿泊したわけでもないこのホテルのことを思い出すと、幸せな気持ちになれます。




以前の記事はこちらです。

 ■ヴェネツィアのホテル・ダニエリ

 ■ホテル・ダニエリの灰皿





自分の知り合いの洋服屋さんの店長さんから教えてもらったホテルなのですが、おすすめはカプチーノです。



ホテル・ダニエリのカプチーノ


ヴェネツィアで、しかもホテルのラウンジのようなところの飲料なので、金額ははったと思いますが、いい気分で、いい雰囲気を味わうことができました。


カプチーノはとにかく美味しかったです。雰囲気が良かったのは間違えなかったですが、イタリア旅行の移動で疲れていた自分を癒してくれる甘すぎも苦すぎもない大人の味だったように記憶しています。こういった味は日本では飲めないのではないのでしょうか。もう一度味わいたいものです。



ちなみに画像右下の灰皿が、

 ■ホテル・ダニエリの灰皿

のラウンジ版の灰皿と思われます。欲しかったです。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年08月24日

ホテル・ダニエリの内部写真

以前にヴェネツィアのホテル・ダニエリについて記事を書きましたが、

そのホテル・ダニエリの内部を撮った写真が出てきたのでご紹介したいと思います。


以前の記事はこちらです。

ヴェネツィアのホテル・ダニエリ
 



以前の記事の中で、次のように書いています。

「 中も見たかったので入ってみると、もうそこは別世界。外観とは違い、

  上品さを備えながらも、きらめくシャンデリアやふんだんに使われた

  大理石のまばゆい光にやられてしまいました。 」






その時の写真が出てきました。どうぞご覧になってください。







ホテル・ダニエリの内部




落ち着いた美しさって感じですよね。


シャンデリアも、大理石の柱も、天井も、窓の丸いガラスも、

絵画、観葉植物、椅子、机、ランプ、花瓶といった調度品も

すべてが一流品といった印象を受けます。


自分は見てもどのくらい高価なものか分らないのですが、品があるのは感じられます。

あ~ますます行きたくなって来ました!

(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年08月18日

ヴェネツィアの仮面組

ヴェネツィアに行ったときに仮面を露店商のようなところでよく見られました。

中には結構、恐いと感じるものもあります。文化の違いでしょか。日本ではお面って呼びますが、仮面とは少し違うような気がします。

いくつもの仮面を眺めていると、仮面舞踏会に出てくる仮面(をかぶった人)のイメージが沸きました。これも日本の漫画などで見た記憶からなので、実際のものとは異なるかもしれませんね。今でもカーニバルの際のは仮面舞踏会が催されているようです。どんなお祭りなんでしょね。羽目を外せるのは各国共通かな。


仮面だけでなく、全身衣装をまとった人たちもいてこれには目を引きました。
一緒に並んで写真におさめている観光客もいました。

ヴェネツィア仮面2人組

ヴェネツィアではカーニバルがとても有名だそうで、世界3大カーニバルの1つにもかぞえらるようです。

カーニバルの開催時期は冬らしいので、気になる方は事前に日程を合わせて行かれると一段と楽しめますよ。

(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年08月12日

イタリアンジェラート

日本の夏は湿気が気になりますね。イタリアの気候はからっとしていた印象があります。懐かしく感じます。

イタリア旅行では食事も重要事項です。パスタピザはもちろん、ドルチェも大切です。小さいものをいくつも食べるというようにいろんな味を楽しみました。


イタリア旅行に行ったときは6月で、天気も良く、屋外では冷たいものが欲しくなる天候でした。屋外で歩きながら食べられる冷たい美味しいものといえば、ジェラート がお勧めです。

イタリアのジェラートは日本で食べるものと比べさっぱりしていて口に残りません。甘すぎないです。見た目はこってりなのですが、全然そんなことはありません。低脂肪でヘルシーとも言われています。


冷たいものが欲しくて食べたのはいいけれど、甘さが口に残ってしまい、また水を飲むといったはめにはなりません。イタリアのジェラートであればカフェに行く感覚で1日に何回もいけそうです。


イタリアンジェラート

いざ食べようと思うと種類も豊富で迷ってしまいます。写真はヴェネツィアで食べたレモン味のジェラートです。美味しかったです。また食べたいです。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年08月06日

サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の公式販売代理店

前回紹介しました サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局のリスト(イタリア語で記載されていると思っていたら英語で記載してあった)ですが、裏側と思われる面の、下の方に、公式販売代理店のある地名が記載されていました。

(今、ふと思ったのですが、このメニューリストは英語圏の人たち用のものだったのかもしれませんね。日本語版もあるのだろうか?)


サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局のリスト(裏下)


公式販売代理店と思われる地名は、20箇所くらい書いてあります。

ROMA(ローマ)、MILANO(ミラノ)、GENOVA(ジェノバ)、VENEZIA(ヴェネツィア)…と続きます。それで最後の方になんと TOKYO(東京)、OSAKA(大阪)の文字がありました。

サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局のリスト(東京大阪公式販売代理店)


TOKYO

Aoyama Suncrest Bld. 1F 2-13-5 Kita Aoyama Minato-ku, Tokyo 107-0061
Tel. e Fax 0081-3-34082008

Ginza Komatsu 1F, 6-9-5 Ginza Chuo-ku - Tokyo 104-0061
Tel. 0081-3-35722694 / Fax 0081-3-35728790


OSAKA

2-5-23 MinamiSenba Chuo-Ku - Osaka 542-0081
Tel. 0081-6-62613805 / Fax 0081-6-62613802


電話番号が 0081 からとなっているのは国際電話なのでしょうか。

調べてみましたところイタリアから日本に国際電話を書ける場合は、

 国際電話識別番号 00 + 日本の国番号 81 + 市外局番から 0 をとった番号+電話番号

となるようです。


ですので日本国内から公式販売代理店さんへ電話をかけるときは

東京青山の公式販売代理店さんの場合は

 0081-3-34082008 → 03-34082008

東京銀座の公式販売代理店さんの場合は

 0081-3-35722694 → 03-35722694

大阪南船場の公式販売代理店さんの場合は

 0081-6-62613805 → 06-62613805

となります。

インターネットで購入することも楽しいですが、直接お店へ出掛けて、商品を手にとって、お店の雰囲気を味わって購入するのも楽しいでしょうね。お近くの方はぜひどうぞ!


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年07月31日

サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局のリスト

今後は、サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局のリストが出てきました。
メニューのようなものと思われます。


A4サイズよりも大きくて、B4サイズまではいかないといった大きさです。
良くぞ取ってあったという感じです。

当然、イタリア語で書かれていると思って全く読もうとしていませんでしたが、
よく見てみると、どうやら英語で書かれてるようです。
(どちらにしても読むことはかないませんが。)


サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局のリスト(表上)


表側と思われる上部に、天使の絵が可愛く載っています。
その下には色々な商品が記載されているようです。


SOAPS という文字も見て取れます。
前回包み箱を紹介したアーモンドの石鹸も載っていました。

Almond soap,for sensitive skin と書かれています。
やっぱり敏感肌に良いようです。英語でも納得しました。

今、気が付いたのですが、天子の絵の下に LIST と記載があるのだから、英語に決まっていますよね。どうして今までずっとイタリア語と思っていたんだろう。先入観とは恐ろしいものです。

商品の説明には 100ml や 90g といった内容量は記載されていますが、値段と思しき数字は書かれていないようです。時価なんでしょうか。
結構な価格のようですので、やはりお土産用になるのかな。

でもせっかくなので家族とで使ってみたいです。インターネットで購入できるようなので、チャレンジしてみようかな。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年07月25日

サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の石鹸箱

自宅の整頓をしているといろんなものが出てきます。


今回はサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の石鹸の箱が出てきました。
自宅の引き出しの中で小物入れになっていました。


ほとんど使わない小物入れでしたので、存在も忘れていましたが、晴れてお目見えです。

サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の石鹸サポーネ・アッラ・マンドルラ

中身は、何度も紹介させていただいている サポーネ・アッラ・マンドルラ (アーモンドオイルたっぷりの石鹸)の箱です。

確か石鹸が3個入っていたと記憶しています。


お土産用で購入したのですが、箱がかわいかったので記念に一つだけ取って置いた物です。

蓋を開けるとまだほんのりと石鹸の香りがします。
当時の記憶がよみがえりますね。

アーモンド色のホントに可愛いデザインなのです。

表部分だけでなく、すべての面をお見せしましょう。納得していただけるはずです。


表面
石鹸サポーネ・アッラ・マンドルラの箱(表)

裏面
石鹸サポーネ・アッラ・マンドルラの箱(裏)

横側面
石鹸サポーネ・アッラ・マンドルラの箱(横側面)

上側面
石鹸サポーネ・アッラ・マンドルラの箱(上側面)

下側面
石鹸サポーネ・アッラ・マンドルラの箱(下側面)


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年07月19日

サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の商品説明書(その2)

前回、イタリア フィレンツェ の サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局 で購入した石鹸 サポーネ・アッラ・マンドルラ (アーモンドオイルたっぷりの石鹸です)の商品説明書が部屋の掃除中に出てきたことをお話しました。

前回の記事はこちらです。

その商品説明書の表に記載してあるイタリア語を、ネット上の翻訳サイトを利用しながら解読してみました。


判読不明な点はいくつかありますが、大体ニュアンスはつかめました。


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officina profumo-farmaceutica
香水製薬店

emolliente
緩和剤

Questo sapone e preparato,come tutti i prodotti di questa officina,con mas-sima cura e scrupolo.
これは石鹸で洗って、準備しました、mas-シマ世話と良心で、この店のすべての製品として。

Finissimo sapone arricchito con olio di mandorle dolci spremute a freddo,dalle proprieta emollienti e idratanti.
所有緩和剤と潤いを与えることから、我々は寒さにアーモンド甘いしぼりの油で豊かにされる石鹸を終えました。

Particolarmente adatto per pelli secche.
特に乾燥皮にふさわしい。

Dalla delicata profumazione che ricorda il latte di mandorle.
彼/彼女がアーモンドのミルクを覚えている繊細なprofumazioneから。

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意味不明となっている箇所は飛ばし読みしてください(笑)

それでも何となく、石鹸についての商品説明とわかると思います。

アーモンド石鹸は潤いがあり、乾燥肌の方には適しているそうです。自分はお土産として買っていきました。自分用には買っていません。使っていないのでわかりませんが、何百年も前から同じ製法で作り続けられてるものですので、商品のすばらしさは間違いないでしょう。


商品説明書の裏面も店内の写真が載っていましたので、掲載しておきます。

サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の石鹸サポーネ・アッラ・マンドルラの商品説明書(裏)


一番上の写真のカウンターらしきものの前に並んで、商品を購入した記憶があります。店内は写真で見るよりもっと広かったイメージがあります。

店内には黄金の輝きが放たれていました。そんな記憶が残っています。
留学・旅行フィレンツェに行かれる際はぜひお立ち寄りください。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年07月13日

サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の商品説明書を発見

以前に紹介した サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局 ですが、

以前の記事はこちらです。

部屋の整理をしていたら、 サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局 の商品説明書やメニューリストや石鹸梱包ケースなどが出てきました(イタリア語なので読めませんが、そんな気がします)。


国内では珍しい気がしますので紹介していきたいと思います。今回は、イタリア産アーモンドオイルたっぷりの石鹸 サポーネ・アッラ・マンドルラ の商品説明書の表です(たぶん)。

サポーネ・アッラ・マンドルラ


きれいな商品説明書です。背景は何の植物なのでしょうね。

文章は以下のとおりです。さて、どんな意味なのでしょうか?

イタリア語ワンポイントレッスン で教えてくれないかな?


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OFFICINA PROFUMO-FARMACEUTICA


DI SANTA MARIA NOVELLA


FIRENZE
VIA DELLA SCALA,16

SAPONE ALLA MANDORLA

EMOLLAENTE

Questo sapone e preparato,come tutti i prodotti di questa Officina,con mas-sima cura e scrupolo.


Finissimo sapone arricchito con olio di mandorle dolci spremute a freddo,dalle proprieta emollienti e idratanti.


Particolarmente adatto per pelli secche.


Dalla delicata profumazione che ricorda il latte di mandorle.


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(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年07月07日

イタリアデザインの素晴らしさ

今回はナポリで見つけた大きな椅子を紹介します。

これはナポリ車窓観光中に偶然目に入ったので、思わず写真に収めてしまいました。

ナポリの大きな椅子


何かの催しの宣伝か、モニュメントかわかりませんが、デカイです。色も真っ赤ですし目立ちます。見た目も精巧に作られているようです。巨人がいれば使えそうですね。

こういったものでもイタリアにあるというだけで写真に撮りたくなってしまうというのは、やはりイタリアがなせる業なのでしょうか。

後ろの建物もきれいなデザインと色合いです。

イタリアはどこを見ても文化遺産です。そんな状況ですので一般的なものは見落としてしまいますが、一般的なもののデザインも素晴らしいです。日本では通常まず見ることはできないデザインがあちこちに散らばっています。

イタリアに短期間でも旅行や留学するだけでこのデザイン感覚は自然と身に付くのでしょうね。日常的なもので目が養われますから。

やはりイタリアは愛すべきところです。


今日は七夕ですね。あなたはどんな願いしましたか?
自分は 家族で健康で元気で幸せでありますように と短冊に記しました。

イタリアやヨーロッパでも七夕はあるかもしれませんね。きっときれいな伝説でしょう。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年07月01日

ナポリの車窓観光 ヌォーボ城

今日はナポリ観光です。


ナポリ観光といいましても、ツアー日程上、あまり時間は確保されていません。
といいますか、添乗員さんによると移動でナポリ市内を通過するだけとのことでした。


そんな話を聞いていたのかどうかはわかりませんが、イタリア人バス運転手さんは、歴史的建造物や名所といわれるところの前を通ってくれると言ってくれているらしいです(:添乗員さん通訳)。


車内は、大喜びです。添乗員さんも一緒に喜んでいます。


バス移動による観光は車窓観光といい、実際にツアーとして組み込まれている場合もあるようです。知りませんでした。今回はイタリア人バス運転手のお兄さんの心遣いであるようです。今回のツアーは現地人の心遣いを何度も感じることができたものでした。

それで撮影できたのが、ヌォーボ城(Castel Nuovo カステルヌォーボ)です。

ヌォーボ城

添乗員さんの話では ヌォーボ城 は13世紀の建築物で、中にも入ることができて、上に登れば、海や火山などが綺麗に見ることができるそうです。


移動中のバスでの撮影に夢中で、添乗員さんの話をよく聞いていませんでした。ともかく歴史的建造物である ヌォーボ城 を見ることができて嬉しかったです。

イタリア人バス運転手のお兄さんに感謝!


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年06月25日

トロッコ電車 フニクラーレ

天候・風・波の高さも穏やかで、無事、メインイベントとも言える 青の洞窟 を堪能し、お昼時になりました。ランチの時間です。青の洞窟 からカプリ マリーナグランデへ戻ります。


自分は、船酔いをしてしまい、正直、あまり食事の気分ではなかったのですが、パックツアーですので自分一人だけ別行動することはできません。ともかくランチを食べに行くことになりました。

ランチをする場所は、小高い丘にあるリストランテでするとのことです。結構な急勾配な丘です。この小高い丘を見上げながら、そこまで行くのには、船酔いの自分には大変そうだなあ、と思っていると、移動は フニクラーレ というトロッコ電車で行けるらしいです。海を背に丘に向かって、楽チンでランチ会場であるリストランテへ向かうことができました。


そのトロッコ電車のフニクラーレに乗って、海側を撮った写真がこれです。乗ってきた船も見えます。ガラス越しに撮ったのですが、天候が良かったため、綺麗に写真に収めることができました。
カプリ フニクラーレ(トロッコ電車)より海を撮影


通常であれば、ちょっとした船旅の疲れを、トロッコ電車 フニクラーレ の揺れが心地よくしてくれるのでしょうが、自分は船酔いであったため、船上の揺れを思い出す嫌な揺れになってしまいました。


車酔い・船酔いには強いと自信をお持ちの方も、青の洞窟 を目指す際は、酔い止め薬を処方されることを強くお勧めいたします。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年06月19日

カプリ島 青の洞窟vol.5

いよいよ、青の洞窟 の内部へ入る時がやってきました。


モーターボートで洞窟前に戻ります。

洞窟前にはたくさんの小型手漕ぎボートが自分たちの順番を今か今かと待っていました。まだ洞窟内に入るには時間がかかりそうです。


とにかくモーターボートを降りて、小型手漕ぎボートに移らなく手はなりません。この小型手漕ぎボートで洞窟へ通ずる小さな穴を通ります。小型手漕ぎボートは、ぎゅうぎゅうに詰めて5~6人が載れる程度のボートです。


小型手漕ぎボートの漕ぎ手は、巨体の持ち主のイタリア人男性。この巨体が、洞窟の穴を通るなら、自分たちも通れないわけがありません。少し安心しました。


そんなことを考えていると、案外早く、小型手漕ぎボートに乗る順番が回ってきました。

海の中に落ちないように、慎重にモーターボートから、巨体のイタリア人男性の乗った小型手漕ぎボートに移ります。チップもそのとき渡しました。添乗員さんの言いつけ通りにです。

前方にいる別の小型手漕ぎボートが、波が下がった時を見計らって、次々と洞窟の小さな穴に吸い込まれていきます。


遂に自分たちの順番が回ってきました。洞窟内に入る瞬間は、小型手漕ぎボートに乗っているみんなで一斉に頭を伏せ、船の底にへばりつきます。巨体のイタリア人も例外ではありません。大きい割りに小さくなってました。

洞窟内に入ると一瞬にして真っ暗です。洞窟内は案外広そうです。


眼が暗さに慣れてきました。
洞窟内は天井も思っていたより高く、案外広そうです。


そして今入ってきた入り口の方を振り返ると、そこから入り込む光が海面・海中に反射し、青く光り輝いていました。まさに 青の洞窟です。

青の洞窟内1

青の洞窟内2

青の洞窟内(オール)


自分の肉眼で見る 青の洞窟 は写真で見る青さとは違います。青の輝きが眩しいのです。吸い込まれるような青さでした。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年06月13日

カプリ島 青の洞窟vol.4

快晴の中、イタリア カブリ島 青の洞窟 へ向けてモーターボートでしばらく行くと、ついに目の前に洞窟の穴が見えてきました。


想像以上にとても小さいです。

5~6人乗りの手漕ぎボートで洞窟内に入るようです。波の高さが下がった時に、頭を下げてタイミング良く一気に突入のようです。もし突然波が高くなったら、洞窟入り口の天井に頭を打ちつけてしまうでしょう。


それにしてもすごい数の手漕ぎボートです。かなりの順番待ちのようです。

せっかく待ちに待った 青の洞窟 が目の前にあるのに、中に入れないなんて意気消沈です。どのくらい待てば順番が回ってくるのでしょうか。


そんなモーターボート内の雰囲気を感じてか、イタリア人のモーターボート操縦士はやってくれました!

青の洞窟 の前で一旦エンジンを止めたモーターボートでしたが、再びエンジンがかかります。どうしたのかと思いきや、モーターボートは 青の洞窟 を過ぎ去り、さらに新路をすすめます。添乗員さんが事情を操縦士さんに聞きに行くと、青の洞窟 に入るにはまだ時間がかかりそうだから、この先にある遺跡のようなものがあるところまで連れてってくれるとのことです。さすが愛すべきイタリア人です!



添乗員さんもこの先に連れて行ってもらうのは初めてとのことです。本当に良いイタリア人操縦士さんでラッキーでした。



そして岸壁沿いをずっと行くと、一ヶ所岸壁が途切れているところがあります。そこに向かってモーターボートが近づいていくと、そこが目的の遺跡のようなものがあるところでした。


カプリ島海岸沿いの遺跡


多少補修もされているようですが、間違いなく、人が生活していた跡でした。

それにしてもイタリア人はいい人ばっかりです。愛すべきイタリア人ですね。


青の洞窟 のオプショナルツアーというべき航行を済ませ、いよいよメインの 青の洞窟 へとユーターンです。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年06月07日

カプリ島 青の洞窟vol.3

イタリア カブリ島 の港マリーナグランデから 青の洞窟 へ向けてモーターボートで出航しました。

いよいよ 青の洞窟 を目の当たりにする時が来ました。

天気は良好。あと気になるのは波の高さだけです。

ツアーの添乗員さんも 青の洞窟 を目の前にして、波の高さで涙を呑んだことがあるそうです。天候はもちろんですが、それ以外にも、風の強さ、潮の満ちひき、潮の流れ、すべてがかみ合わないと洞窟内に入ることはできません。


ただ、こうも天気が良いと、洞窟に入れない予想をする方が難しいです。もう入れる気分でいっぱいです。

カブリ島 の港マリーナグランデを離れ海岸沿いを見ると、遺跡のような石造りの外壁と、高台には真っ白な石造りと思われる大きな家が見えました。高台の真っ白い建物は、太陽の光を受けてまばゆく照り光っています。

カプリ島の海岸沿い(遺跡と白い建物)


お金持ちが別荘として所有しているものかもしれません。このお金持ちは好きなときに 青の洞窟 に入って優雅なひと時を過ごしているのでだろう、とまで想像をかき立たせてくれます。


さらに海岸沿いを進むと、断崖絶壁といった感じで険しくなってきました。人が生活できるところではありませんね。

カプリ島の海岸沿い(断崖)


それでもヤギか羊が確認できました。写真は小さいので判りづらいかと思いますが、確かに動いていましたので間違いないです。

カプリ島の海岸沿い(羊かヤギの群れ)

強行日程での癒しの時間でした。遠くからでもやはりかわいいです。



(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)


2007年06月01日

カプリ島 青の洞窟vol.2

イタリア カプリ島にある 青の洞窟 へ向かうために、ナポリのベヴェレッロ港を観光ボートで出航しました。


30~40分で カブリ島 の港マリーナグランデに到着です。
ここはやはり観光地なのかにぎやかでした。でもやっぱり天候が良かったからでしょうね。晴れ女、晴れ男の方々に感謝です。

カブリ島の港マリーナグランデ


空はとても青かったです。青の洞窟 の青さはいったいどんなでしょう。

カプリ島の風景

イタリアは南へ行けば行くほど治安が悪くなると説明を受けていました。今回のツアーではここナポリが一番南側です。

少し緊張しましたが、運がよかったのか何もありませんでした。今回のツアーを通じて参加者全員が被害あうことなく、とてもいい印象でイタリアを過ごされたことと思います。旅行途中に嫌なことがあると、その土地についての心象も悪くなってしまいますからね。


さて、いよいよ 青の洞窟 へ向けてモーターボートで出航です。

あ、それと忘れてならないのは、酔い止め薬です。船酔い注意です。

船は、ナポリ~カプリ島まで結構大きめの観光ボートを使用します。
次にモーターボートで 青の洞窟 付近まで 行きます。
最後に 青の洞窟 内に入るため7名程度が乗れる手漕ぎ舟に乗ります。

計3種類の船に乗ります。それぞれ揺れ方も違いますので、普段大丈夫でも必ず酔い止めの薬を事前に飲んでおきましょう。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年05月26日

カプリ島 青の洞窟vol.1

自分たちの行ったイタリア旅行で最終日で最大のイベントとも言えるのが カプリ島 の 青の洞窟 へ行くことでした。
事前情報ではかなり青いらしいと聞いていました。想像がふくらみます。


ただ天候に大きく左右されるので、何度もカプリ島に来てきる添乗員さんも洞窟に入れないことはしばしばとある仰ってました。
雨だとダメですし、晴れでも波が高いとダメとのことです。
船で 青の洞窟 の目の前まで来ているのに入れないこともあるそうです。

そう言われると余計入りたくなります。当日は快晴。心配は波の高さだけです。


さて、そんな話をナポリへ向かうバスの中で聞きながら、港にやってきました。
ベヴェレッロ港という港です。

今回のツアーでは、ナポリはカプリ島へ行くために寄るだけでしたので、観光することはできませんでした。

でも、港にある古城(卵城?)を見ることができました。ちょっとの滞在でしたが、バスから開放され、海からの風が気持ち良かったです。


ナポリ ベヴェレッロ港の古城


ここからカブリ島の港マリーナグランデへ向かいます。観光ボードで30~40分で到着です。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年05月20日

サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局

イタリア フィレンツェ に訪れる時に、ツアーの添乗員さんから サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局 のことを聞きました。

かなり古くからある薬局らしく、映画「ハンニバル」でも出てきているそうです。また、 サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局 の製品であるサポーネ・アッラ・マンドルラと呼ばれるイタリア産アーモンドオイルたっぷりの石鹸は、「ハンニバル」でも重要な役割を果たしているとのことです。

映画の影響もあって、日本でもかなり有名なアーモンド石鹸で、お土産にも最適との話でした。


イタリア土産を何にしようか悩んでいたので、これはいいと思い、フェレンツェでの自由時間を使い、買いに行くことに決めました。

荷物のこともあるので、最後に サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局 に行こうと決め、他のところを回っていました。

自由時間の終了時間が迫っていたので、地図を片手に探したのですが、見つかりません。看板も見当たらず、どうしようかと思っていたときに見つかりました。


中に入ると、薬局というイメージは消え去りました。

外観からは想像が付かない壁・床・天井・調度品の数々。豪華絢爛といった感じです。ここに辿り着けれただけでも満足できる神々しさです。


薬局自体の閉店時間も迫っていたのですが、何とかお目当てのアーモンド石鹸を購入することができました。女性の皆さんへのお土産させていただきました。石鹸としては高価ですが、お土産としてなら満足の品です。梱包用のケースもアーモンド色をベースに素敵な模様が描かれており、このケースだけでも価値があるように思います。


フィレンツェに行かれた際は、ぜひとも サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局 に足を運んでください。きっと満足いただけると思います。

Officina Profumo Farmaceutica di Santa Maria Novella
http://www.smnovella.it/


日本でも購入できるようです。

サンタ・マリア・ノヴェッラ イン トーキョー
http://www.santa-maria-novella.co.jp/


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年05月14日

イタリアのトイレ事情vol.2

前回、イタリアの公衆トイレについて書きましたが、今回もトイレのお話です。


まず男子トイレについてですが、イタリアの男子トイレを見て最初に思ったことは、大きさが大きいということです。

日本のトイレでも、新しいものはだいぶ大きめなものになってきていますが、全般的に小さく、高さも低いです。使いにくいです。

日本人の体型によるものなのか、工事費用の節約なのかわかりませんが、日本の男子トイレは小型過ぎます。その点イタリアの男子トイレは大型で非常に使いやすかったです。この点ではイタリアトイレの勝利といえるでしょう。


それと、ホテルのトイレについてですが、洋式トイレになっています。和式はありません。

自分の宿泊したホテルのトイレでは、その洋式トイレが2つ横に並んでいました。見た目は全く同じ洋式トイレです。

なんで2つも並んでいるのか?
二人が同時に用を足せるようにしてあるのか?


ひとつの洋式トイレは便座がちゃんと設置してあります。もうひとつの洋式トイレには便座がありません。イタリアでは便座がなくなっているところが多いと添乗員さんから聞いていたので、このホテルのトイレ便座もひとつはなくなったままなのかなと思っていました。

便座がなければ使いにくいので、便座のある方の洋式トイレを使用することにしました。


翌朝、この2つのトイレのことがツアーの一部の人たちで話題になっていました。やはり、なぜ2つあるのか?が焦点でした。

添乗員さんがみえたので聞いてみると、なんと便座のない方の洋式トイレと思われていたものは、用を足した後にお尻等を洗う用に設置してあるものとのことが判明しました。ウォシュレットですね。用を足さなくて良かったです。

ツアーの中には、それで顔を洗おうとした人もいたようです。あぶないあぶない。


文化の違いに気付いたイタリアホテルのトイレ事情でした。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年05月08日

イタリアのトイレ事情

イアリアへ一度でも行かれた方はご存知なトイレ事情について書きたいと思います。


日本では旅行中、トイレに行きたくなったら、公衆便所などの公共のトイレを無料で使用することができます。私たち日本人にとっては当たり前のことです。

ただイタリアでは事情が違います。
イタリアの公衆トイレは原則、有料と考えていてください。このことは自分にとってかなりのギャップでした。自分の目で見るまでイメージができませんでした。


旅行の最中に、バスで移動中に幾度となくトイレ休憩を取りましたが、すべて有料トイレでした。その有料トイレというのもお金を入れてドアが開くというのではなく(そういうのもあるみたいですが、今回のツアーでは見ることはできませんでした)、トイレの前におばちゃんが毅然として座ってお金を受け取っていました。

初めてのときは違和感がありましたが、ここはイタリア。当然、郷に入っては郷に従えです。それに我慢しようものなら、次回のトイレ休憩はいつかもわかりません。行けるときに行く。これに限ります。


おばちゃんに渡す相場は50セント程度でした。小銭があった方が便利ですね。お釣りは少々もらいにくいです。1ユーロ出して50戦とお釣りをもらうとなると、少々、イタリア語での会話も必要になりますし。

小銭は常に持っていると、何かと便利ですね。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年05月02日

イタリアに見た 天空の城ラピュタ

宮崎駿監督の映画「天空の城ラピュタ」はご存知かと思います。各国各所にモデルとなったといわれる場所があります。

イタリアにもありました。添乗員さんが教えてくれました。

天空の城ラピュタのモデル


ローマからナポリへ向かう最中のバスの中で見たと思うのですが、はっきりと記憶していません。申し訳ありません。


小高い丘に石造りの建物が並んでいます。バスから眺める風景はずっと緑一色だったのですが、この箇所だけポッカリとふくらんで、小さな町のようになっていました。

宮崎監督が本当に参考されたかは定かではありませんが、自分は 天空の城ラピュタ のモデルになった場所と信じています。イタリア旅行時もそう思いましたし、今、振り返って写真を見てもそう感じます。

走行中のバスから眺めただけですので、見ていた時間はほんのわずかでしたが、とても印象深い風景でした。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年04月26日

イタリア人はルーズ?vol.2

イタリア旅行の回想をしていて思い出したことがあります。


以前にも少し触れたのですが、イタリア人はルーズなところがあります。そのことさえ前もってわかっていれば、何事も 仕方ない 、ここはイタリアだ、と納得することができます。


それで、思い出したことなのですが、公衆電話とガチャガチャ(コインを入れて取っ手を回すと小さいおもちゃが出てくる箱のやつです)についてです。


まずはイタリアの公衆電話ですが、かけるときは壊れている可能性を結構高めに持っておかないといけないようです。日本であれば壊れていればすぐにでも業者が直しに来てくれるのでしょうが、イタリアではそのまんまの場合が多いようです。イタリア人はそれが当たり前なので問題ありません。今は携帯電話もありますからなおさらなんでしょうね。ツアー中は使用する機会もありませんでしたが。


もうひとつの、ガチャガチャの件ですが、これもお金を入れて、取っ手をまわしても出てこないことが多いそうです。壊れてもなかなか直さないようです。ツアー添乗員さんが言っていました。ガチャガチャする時は商品が出てこないと思ってやってください!と。


で、実際やってみました。ガチャガチャ。
高速道路のインターチェンジにある休憩所兼お土産やさんみたいなところにガチャガチャがあったのでやってみました。


そしたら、見事に出てきませんでした(笑)
ここはイタリアだ、と前もってわかっていたので腹も立ちませんでした。イタリアはそんな気分にしてくれます。イタリアが実感できたいい思い出になっています。

ただ、ショップで食べ物を購入した時に、店員さんがくれたお釣りが間違っており、少なかったので、これはイタリアでもまずいだろうと思い、添乗員さんに通訳してもらって返金を試みました。

何か言い返されるかなと思っていましたが、その店員さんは紳士で大変申し訳ないみたいなことを言ってすぐに返金してくれました(イタリア語はわかりません)。


やっぱりイタリアはいいところです。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年04月20日

ヴァチカン市国~世界で一番小さい国~

イタリア(共和国)のローマ市の中に国があります。
ヴァチカン市国という国名です。


市 の中に 国 がある?
はじめに、このことを聞いたときはピンときませんでした。

ヴァチカン市国

でも実際訪れてみると実感といいますか、認識はできました。
本当に小さい 国 でした。面積的には日本の皇居の5分の2程度しかないとのことです。人口は800人程度。市というより、施設といった印象ですね。


でも、この世界最小の独立国家であるヴァチカン市国は、ローマ法王がこの国の元首で、立法、行政、司法機能も持っています。やはり 国 なんですね。


後で知ったのですが、独自の切手も発行しているそうです。
ここでハガキを送ればかなりの記念になったようです。残念。これからヴァチカン市国に訪れる方はぜひ記念にここの切手と消印のあるハガキを送ってみてください。

あと、スイス衛兵が歴史的背景からずっとこの国の警備をしているそうです。直立不動でかっこよかったです。かなりカラフルな制服?を着ていますが。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年04月14日

ローマでデモ隊に遭遇(2)

前回の続きです)


道路も封鎖されてしまったため、自分たちの乗っていた観光バスも立ち往生してしまっています。


しばらくすると前方からピンク色したデモ隊が行進してきました。

警察隊と衝突するのか!?

ローマのデモ隊

でも良く見ると警察隊の表情とは裏腹に、デモ隊には笑顔が見られます。風船の人形も一緒に行進していますし、さながらパレードのようです。


太鼓打ちや覆面レスラーまで出てくる始末です。これらを見てバスの中のツアーの皆さんも緊張がほぐれました。

ローマデモ隊の太鼓

ローマデモ隊の覆面レスラー


デモ隊の人たちは笑顔でバスの中にいる自分たちツアー観光客に「出てきて一緒に歩こうよ!」と言った身振り手振りをしてくれました。観光客には特に優しく接してくれるイタリア人気質には毎回頭が下がります。

またデモ隊は自分たちと同世代の人がほとんどで、考えさせられる出来事でもありました。

ともかく、バスの運転手さんの強引に進路を進める好判断もあって、足止めをそれほどとられることもなくローマ観光を楽しむことができました。いい想い出のひとつです。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年04月08日

ローマでデモ隊に遭遇

ローマに行った際に、デモ行進に遭遇しました。


添乗員さんの情報によると、アメリカ大統領がローマにやってくるということで、ローマ市内の所々でデモが行われ、それを警察隊が行く手を阻止するといった具合で各所の道路が封鎖されているということです。


ローマ市内に入ると、街のあちらこちらに「PEACE」と書かれた虹色の国旗らしきものが掲げられています。虹色は平和の象徴のようです。


しばらく市内を進むと、道路が込んできました。添乗員さんの声で前方を見てみると、パトカーがずらっと道路に並んでいます。そのパトカーがいっせいにこちらに向かって動き出しています。

ローマのパトカー


ここでストップだな、と思っていたのですが、観光バスの運転手は強引に進みます。

パトカーが目の前手停止し、パトカーから、すごい数のヘルメットをかぶった警察隊か機動隊が降りてきて、道路にビシッと何列にもなって整列していきます。

ローマの警官隊


異国の地でこれだけの数の警察隊に遭い、またその警察官の厳しい表情に、ツアーの皆さんに緊張が走りました。

ローマの警官隊2


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年04月02日

ヴィットリオ・エマヌエレ2世ガレリア

イタリアミラノで、ヴィットリオ・エマヌエレ2世に行ってきました。

ヴィットリオ・エマヌエレ2世ガレリア

はじめにこのヴィットリオ・エマヌエレ2世という単語を見聞きしたとき、歴史上の人物かと思いましたが違っていました。
ヴィットリオ・エマヌエレ2世というのはガレリアというアーケード付きの商店街のことでした。現地ミラノでは通称ガレリアと呼ばれているとのことです。


ガレリア内部に入ると高級ブティック店が並んでいるのが見えます。同じツアーの女性陣が早速お買い物を楽しんでいました。奥の方へ足を進めると、露店商もあり、自分たちはそこでお土産を購入しました。

このガレリアですが、アーケードが十字になっており、その中心の路面には何かいろいろな模様(紋章だったかな?)がいくつか描かれています。全体ではちょうど丸いマンホールの一回り大きいぐらいの大きさだったと思います。

添乗員さんが教えてくれたのですが、そのマンホール状に描かれた模様の周りを片足の踵をつけたまま一周すると何かいいことがあるとのことです。添乗員さんがやって見せてくれました。踵をつけたまま一周というのはなかなか難しいですね。

どんないいことがあるのかは忘れてしまいましたが、ここガレリアに行った際はぜひとも周って来てください。何かいいことがあります。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年03月30日

ミラノ、スフォレツェスコ城のスリ

イタリア旅行を回想していて思い出したのですが、自分、スリ未遂にあいました。


ミラノでスフォレツェスコ城に行ったときのことです。

ミラノのスフォレツェスコ城.jpg

イタリア人現地ガイドのサラさんに城内彫刻博物館を足早に案内してもらいました。ホントに足早だったので何を見たのか全然覚えていませんが(笑)
サラさんの堪能な日本語をイヤホンを通して聞いたことは覚えています。その説明の中で、スフォレツェスコ城近辺には子どものジプシーがいて、観光客に対して新聞とかで視界を被いながら死角をついてカバンをあさる、とのことでした。
子どもが相手だと、知らない人は油断するでしょうね。


自分も城内彫刻博物館をあっという間に見終わり、場外へもう出るというところに屋外のちょっと開けた空間がありました。そこにジプシーと思われる女の子がいました。服装等で何となく判断が付きます。
手にはダンボールを平らにしたものを持っています。

何かを話しかけながら、自分に近づいてきます。もしや、と思う間もなく、その女の子は自分の前に立ちはだかり、ダンボールで自分の視界を遮り、腰に巻いて合るウエストポーチを触ろうとするではありませんか!


いかにも相手にバレバレな状態で、スリをしようとするとは思いませんでした。スリは隠れて気付かれないようにするかと思っていましたので、一瞬躊躇しましたが、思いっきり進路方向90度を変えて対処しました。

がっ!その進路方向にあからさまに付いてくるではありませんか。ウエストポーチに触れようとするのも止めません。なので、今後は進路方向を180度変えてやりました。それでも付いてくる。かなりやっかいです。


結局、小走りしてその場を離れて事なきを得ましたが、イタリア人現地ガイドのサラさんの言うとおり、ジプシーに目をつけられると大変です。サラさんはかなり憤慨していました。自分の愛する自国イタリアで、他民族であるジプシーが観光客に対して迷惑をかけるのということに我慢ならないようでした。観光客に、イタリア人として、イタリアに対して悪い印象を持ってもらいたくないのだと思います。


とにかくイタリアで自身の身を守るためにも、子どものジプシーには気を付けましょう。かわいそうな気がしないわけではありませんが、気を付けないと自分がかわいそうなことになってしまいますので、これに関しては毅然と行きましょう。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年03月27日

イタリアの水道・電気・ホテル事情

イタリアへの旅行回数が多い方や 留学経験がある方にとっては当たり前のことかもしれませんが、これからイタリア旅行イタリア留学される方は知っておいて損がないイタリアの水道・電気事情についてお話しします。


イタリアの水道水は飲み水として日本人のお腹にとっては合わない場合がありますので、お店でミネラルウォーターを購入された方が無難です。よく聞く話です。

また水質が硬水です。飲むと本当に「硬い」感じを受けます。日本は軟水ですので、差が明らかにわかります。
この硬水で髪の毛を洗いますと、髪の質がサラサラだった人もバサバサゴワゴワになります。ですので携帯用のリンスやトリートメントがあると良いですね。自分なんて手櫛で髪の毛をとこうとしたら、手が髪の毛に引っ掛かって通りませんでした(笑)


電気・ホテル事情をお話しますと、ドライヤーや電気ポットがあるホテルは少ないと思います。自分が回った一般のホテルではどこもありませんでした。ドライヤーなどは持っていかれると便利です。
また、日本の電気製品の使用の際は変圧器が必要です。差し込みプラグの形も違いますので、前もって電気屋さんで購入して持参されることをお勧めします。セットになって売っています。

尚、前もって電気ポットがないということを知っておかれると良いのは、日本食が恋しくなるだろうと持っていった食品が食べられないということを避けるためです。

自分はカップラーメンなどを一応持っていきました。ツアーも最後の方になると身体が「塩分」を欲するようになりました。やはり醤油・味噌の日常が大きいですね。
それでいざカップラーメンを食べようと思ったらお湯がありません。幸い、ツアーの中に携帯用湯沸し器を持っている方がみえたのでお借りして、水はなるべく硬度の低いものを選んで、カップラーメンとワカメ味噌汁を食べることができました。これがあれば安心してイタリア旅行を満喫することができます。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年03月24日

ヴェネツィアのゴンドラ(3)

先輩格と見られるゴンドリエーレの一人が唄い出しました。カンツォーネというらしいです(「オ~ソレミヨ~♪」だったかはっきり覚えていませんが)。一人が唄いだすとその他のゴンドリエーレ達も目配せし合って、唄い出しました。苦笑いっぽい雰囲気もあったので、観光客用のサービスなのかもしれませんね。


ゴンドラは狭い水路をさらに進んでいきます。左右は建物の外壁に囲まれていますし、後ろはゴンドラの陰になっているので、見ることができるのは正面のみです。水路はかなり入り組んでおり、次の進路が左右に折れ曲がっていると、全くその先を知ることができません。これがまたワクワク感をそそります。


ゴンドラが次の進路を右に曲がると、橋が架かっていました。その上からイタリア人らしきおじさんと小さな男の子が手を振ってくれています。よく見かける日本人観光客に対しても、こうして気さくに振舞ってくれるイタリアという人柄・土地柄に対して敬意が生まれてきますね。イタリアは素晴らしい国です。


ゴンドラはゆっくり進んでくれましたので、充分な時間を楽しむことができました。ゴンドリエーレは最後まで紳士的でした。女性に対してはもちろんですが、男性に対してもゴンドラから降りる時に手を貸してくれました。こういった丁寧な対応をされると、ヴェネツィアに来た際には、またゴンドラに乗ってみようという気分になりますね。とても楽しいひと時を過ごすことができました。


そういえば日本でもこのゴンドラに載れる機会ができました。名古屋港に「イタリア村」が2005年4月からオープンしています。ただ名古屋港イタリア村のゴンドリエーレは、イタリア人でなくペルー人であったという話も聞きましたが(笑)


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年03月21日

ヴェネツィアのゴンドラ(2) ゴンドリエーレ

ゴンドラの中に自分たち観光客が数名乗り込みます。

ゴンドラの中は真っ赤な絨毯が敷き詰められていました。やわらかめなふわふわな絨毯です。女性には小さな椅子もあり、予想以上に快適な空間に仕上がっています。このギャップが嬉しいですね。


さていよいよ船着場から出航です。水の上なのでスムーズに船着場から離れていきます。とてもとてもゆっくりゆっくり進みます。

漕ぎ手であるゴンドリエーレが船先に立ち、棒高跳びで使っているような細長い棒を使用し、巧みにゴンドラを操ります。水の中のバランスの悪いゴンドラの船先で、危なげなくゴンドラを操っているゴンドリエーレはかなりカッコイイです。真っ白なシャツを着ているゴンドリエーレや、横のボーダーシャツを着ているゴンドリエーレなど、たぶん普通の服なのでしょうがカッコよく見えてしまいます。あとはサングラス。これほどサングラスが似合う人種?を自分は知りません。

後で知ったのですが、ゴンドリエーレは花形職業だそうです。このカッコイイ・イタリア人を見れば納得です。即座にうなずけました。日本での時代劇でも、川のこちら側と向こう側を行き来する船頭さんは良く見ましたが、それとは少々別物ですね。生まれてくる国が違えば日本の船頭さんもゴンドリエーレだったかもしれません。日本の船頭さんの技術があれば、ここヴェネツィアでも技術は充分通用するでしょう。ただあのかっこ良さはイタリア人特有のものです。歴史と遺伝子の違いなのでしょう。


ゴンドラはゆっくり右に折れ、狭い水路へと進んで行きます。進路変更はどうなのかと思っていましたが、なんてことなくこれまたスムーズに方向転換しました。水路は、3・4階建てのアパートらしき建物に挟まれています。なのでゴンドラが進むと、左右からレンガ壁が迫ってくる印象があります。レンガ壁にぶつかる前に、ゆっくりとそのレンガ壁から離れていくといった感じです。
当日は天気もよく、左右アパートに挟まれた間の空間には、青い空が輝いていました。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年03月18日

ヴェネツィアのゴンドラ(1)

ヴェネツィアは120以上もの島が点在し、その島々を400もの橋で結んでできている都市だそうです。

この車が全く乗り入れられないヴェネツィアでの交通手段といえばボート、そしてゴンドラになります。ヴェネツィアはこの交通の不便さを逆手にとって、世界有数の貿易都市にまで発展したのです。さすがイタリア人ですね。


そしてこのゴンドラですが、乗ることができました。ツアーに組み込まれていたようで、ラッキーでした。オプションとなると乗るかどうかわからないですが、ツアーそのものに組み込まれていれば問答無用ですからね。乗るしかない。今考えるとほんとラッキーでした。


ゴンドラ船着場.jpg

船着場な様な所へ案内されて行くと、数多くののゴンドラが所狭しと浮かんでいました。ゴンドラの形はほとんど同じように見えますが、外装内装はそれぞれ凝っていて、とても高価で、貴重で、そしてとても大切にされているものと見受けられました。

ゴンドラを直接見るまでは、単なる木の船を思っていたので、とても驚いたことを覚えています。ゴンドラの所有者は、いわば一国一城の主といえます。このゴンドラに人を乗せてヴェネツィアを楽しんでもらい、その報酬として代金をもらっているわけですから、生活の糧となっている大切なゴンドラを軽視していたことを反省しました。大変失礼なことを思っていました。ごめんなさい。


ゴンドラを実際見てみて最初に感じたことは、思っていたよりも長いということです。長さ11メートル、幅1.5メートル程ということでしたので、細くて長いのです。

さてこれに乗って水の中に落ちないかが心配です。

(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

2007年03月15日

フィレンツェ発のVICEVERSA

VICEVERSAはフィレンツェ発のライフスタイル提案型のお店です。
最近は、VICEVERSAの商品を日本でも良く見かけるようになりましたね。

このフィレンツェ発の地元のお店に行ってきました。
雑貨好きの自分にとっては、イタリア旅行の楽しみの大きなひとつです。

フィレンツェにあるVICEVERSAのお店は入り口から想像するよりも縦に長い広い売り場でした。
真っ白な壁と天井に商品が映えています。たくさんの商品が所狭しと並んでいました。

どの商品を見ても可愛らしさや斬新さに目が留まります。ずっと見ていても商品に飽きるということがありません。イタリア人のセレクト感覚、デザイン感覚のなせる業なのでしょうか。イタリアに留学すれば、この感覚が身に付くのでしょうか。日本人の自分もぜひ身に付けたい感覚です。


お値段は庶民の自分からすると少し高めかな、というような気もしましたが、これら商品を見れば見るほど、一気にここフィレンツェからヨーロッパ中に広まったのわかるような気がします。

何か記念の商品が欲しいと思い、自分たち家族用にプラスチックのかわいいスプーンを購入しました。カラフルな5本を時間をかけて選び、今では1歳の子どももその愛好者です。


お土産にも最適と思い、前述の服屋の店長さんへ金属製のどっしりとしたシンプルな灰皿と、カエルが大きな口を開けた形のワインの栓を買っていきました。

ホテルダニエリの灰皿とは比べ物にはならないと思いますが、記念のひとつとして購入しました。

カエルのワイン栓は、その大きく開いた口で栓の封をします。可愛らしいデザインで、色も何種類かありましたが、これもシンプルにホワイトに決めました。

あっという間に時間が過ぎてしまい、他のお店も回りたかったので、後ろ髪引かれながら退散したのを覚えています。VICEVERSAのような雑貨やさんであれば、1日中いても全然平気ですね。


本場イタリアフィレンツェのお店で、イタリア雑貨が堪能できました。

2007年03月12日

フィレンツェ 伝統のチェラミカ(絵付け陶器)


イタリアフィレンツェといえばルネッサンス発祥の地。現在でも職人の技が見られました。


フィレンツェの中心部にありながら、工房も備えた陶器のお店へ行ってきました。

お店の名前は"ズビゴリ・テラコッテ"。伝統のチェラミカ(絵付け陶器)が見られます。
とても鮮やかで優しい色合いです。

シュガーポットやタイルといったかわいい小物や、カップ&ソーサーといった実用品、絵皿にいたってはとても大きさのものもありました。


どの作品を見ても、楽しそうに描かれているのが伝わってきます。
イタリアへはこういった芸術系の留学も盛んに行われていると聞きますが、工房や作品を目の当たりにすると血が騒ぐのがわかるような気がします。人間は何かしら創造したいのでしょうね。


個人的には、かわいい鶏の描かれたタイルが印象的でした♪

2007年03月09日

イタリアのドルチェ

イタリアフィレンツェで美味しい昼食をしたあと向かった先は、食後のドルチェが食べられるところ♪

前もって地図で確認していたお店に行ってみました。地図で見ると少し距離がありましたが、楽しみが上回っているのか、疲れは感じません。


お店の名は"パトリツィオ・コーズィ(Patrizio Cosi)"。

外観は普通のバールなのですが、中に入ると、プチタルトやビニエなどがたくさんショーウインドウに並んでいました。サイズはイチゴくらいの大きさで、宝石のよう。
種類もものすごく豊富。100g1.5ユーロと量り売りをしてくれるのでこれまた嬉しい限りです。


種類が豊富なので、どれにしようかと思いましたが、面倒くさくなって、覚えたてのイタリア語の数字「1」をいくつも指差しながら連呼しました。

「ウーノ(uno)、ウーノ、ウーノ、ウーノ、、、」。

イタリア語の数字「2 ドゥーエ(due)」、「3 トレ(tre)」も覚えたのですが、ここでは不要でした(笑)


テイクアウトもできるとのことでしたが、せっかくなのでイートイン。ゆっくり座って至福のひと時を過ごしました。


ついでにトイレも借りてしまいました。このお店では、通常トイレに鍵が掛かっていて、使用したいときに店員さんに鍵を貸してもらい、自分であけて使用するのです。留学生ぐらいになれば、こういった事情は常識なのかもしれませんね。

また鍵がごっつい「カギ」という形をしていたのも、記憶に残っております。重い鍵でした。何もかもが新鮮ですね。

トイレの話を挟んですみません。

プチタルトやビニエは一口サイズなので、パクパクパクパクほお張り、あっという間に食べてしまいました。ゆったりとしたおやつタイムを過ごせました。

2007年03月06日

フィレンツェのピッツェリア イエロー"yellow"

イタリアフィレンツェで昼食をとることなりました。実は旅行中ここフィレンツェでの食事が一番美味しかったです。


旅行会社の添乗員さんが手作りの「フィレンツェグルメMAP」を作ってきてくれていて、そのお奨めのお店に行ってみることにしました。

こういう時に知り合いの留学生なとが滞在してくれているとすごい助かるのですが、そんな贅沢を考えてはいけませんね。


向かったお店はピッツェリア"yellow"。
お店の場所は添乗員さん手作りMAPのおかげで見つけることができました。お店のドアを開けるとすぐに黒いTシャツを着た体格のいいお兄さんが笑顔で案内してくれます。イタリア語がわからないので不安を覚えていると、メニューには日本語訳が!これは心強い。安心してこれぞというものを探します。


メニューはみんな美味しそうに見えてしまいます。迷っていると案内してくれたイタリア人お兄さんが「 コ レ オ ス ス メ 」とメニューを指差しながら片言の日本語でお奨めを紹介してくれました。日本語はやはり嬉しいですね。緊張が解けました。


イタリア人お兄さんのお奨めパスタと、ピッツァをそれぞれ2種類ずつ頼みました。それらすべてがうまいっ!日本人好みに作ってあるのかと思うくらいの美味しさです。

イタリアは食事が美味しいと聞いていて臨んだのですが、期待が大きすぎたのか美味しいと思える食事になかなかありつけなかったときに、ここ"yellow"での期待を大きく上回るパスタとピッツァ。大満足です。イタリア人お兄さんも時々「 オ イ シ イ ? 」と聞いてくれ、楽しく食事をすることができました。


チップをテーブルに置き、イタリア人お兄さんとお別れしました。このお店には必ずまた行きます。お兄さんありがとう!

2007年03月03日

フィレンツェ レンガと白の街

イタリアフィレンツェといえば、日本で「冷静と情熱のあいだ」が書籍・映画・テレビ等で注目されたことが記憶にあります。

その影響でドゥオモのクーポラに登られた方も多いと聞きます。自分は眺める専門でしたが。


突然の日本人のオプションツアー増加に、現地の方などは驚かれたでしょうね。

日本からの留学生も日本でブームになっていることは知っていたのでしょうか。日本の家族・友人に事情に聞いた方もいるかもしれませんね。


ちょっとした高台からフィレンツェの町並みを眺めてみると、ドゥオモの数に多さに驚きました。こんなにいっぱいあるのかと。

また、高台から見る眺めを想定して作られたかのような景観は、絵葉書そのものでした。そこで撮影した画像は今でもパソコンの待ち受け画面になっています。


レンガ色の屋根、白い壁。

この2色で街ができているといっても過言ではありません。
レンガ色がこれほど美しいと思ったことはありませんでした。

未来へも影響を与え続ける色使い。芸術性の高さを再認識しました。それほどのインパクトを与えてくれた街です。

2007年02月28日

イタリア人の税関職員(3)


(2の続きです)


さて、困った店長さんですが、困った顔をしながらも並んでいると、空港のサービス係らしい若い女性職員が、何かお困りのことがありますかと声をかけてきてくれたそうです。
事情を話してみたものの、税金返還の判断は窓口の男性職員かおばちゃん職員がします。


再度、窓口を良く見てみると、男性職員の方は購入商品を見るわけでなく、書類だけで税金返還手続きを進めているではありませんか!後は祈るしかありません。おばちゃん職員に当たりませんように。


ついに店長さんの順番が回ってきました。担当職員はというと、、、おばちゃん職員でした。

当然、購入商品について尋ねられます。店長さんが、商品は旅行カバンにしまってあり、もう飛行機内に積み込まれてしまったと説明します。空港のサービス係らしき若い女性職員も、今回は多めに見てあげてはいかがでしょうかと後押ししてくれます。

しかし、おばちゃん職員の判断は揺るぎません。例外は認めないということらしいです。一般の旅行客はここで断念されることでしょう。ただ知り合いの店長さんはそうではありません。

「私はイタリアは大好きだ!この街も大好きだ!イタリアに来るときはまたこの街に来る!今度は留学したいくらいだ!イタリアが大好きだ!この街が、そしてあなた(おばちゃん職員)のことも大好きだ!」とおばちゃん職員へ対して、知っている限りのイタリア語で、賛辞と愛情の表現を延々と続けたそうです。

すると今までずっと仏頂面であったおばちゃん職員に笑みがもれました。おばちゃん職員の表情が初めて緩んだのです(隣の窓口の男性職員も驚いていたそうです)。
そしてにっこりを笑い、書類へ「許可」のゴム印をドンッ!と押してくれました。


店長さんのたどたどしいながらも、勢いのある熱のこもったメッセージが、おばちゃん職員の心を氷解させたのです。さすが店長!でも、おばちゃん職員もやっぱりイタリア人でしたね。おおらかであることはいいことです。


2007年02月25日

イタリア人の税関職員(2)


(1の続きです)


税関の窓口は2つあり、一方は男性の職員が非常にマイペースに処理を進めており、他方の窓口では中年のおばちゃん職員(まさにおばちゃんという表現が適していたとのことです)が旅行客と言い争いながらも、全く引き下がることなく仕事をしていました。行列は一列で、旅行客は空いた方の窓口に順番に申請に行くことになっていました。


おばちゃん職員の方でよくもめていたのは、仕事に対してきっちりとしすぎていたようです。ある意味イタリア人らしくないですね。税関だけに、一度納めてもらった税金は、返還したくないのかもしれません。


店長さんが、おばちゃん職員の方の窓口を見ていると、よくもめる事例は、旅行客が買った商品を窓口まで持ってきていないことにあるようだとわかりました。正式な税金返還手続きにおいては、購入した商品現物と、返還申請書類に記載してある商品が一致しているか確認するようなのです。


そんなことは知らない旅行客や、先を急いでいる旅行客は、購入してしまった商品を改めて旅行カバンから取り出すことはしません。

店長さんも例外ではありませんでした。わざわざ旅行カバンから取り出すことはしていません。手元にあるのは税金返還申請用紙だけです(こういったことも旅慣れた人や、留学している人は知っているのでしょうね)。


(3へ続きます)

イタリア人の税関職員(1)

知り合いの洋服屋の店長さんがイタリアへ洋服の買い付けに行った際、いいバックを見つけたので、お店の商品として5、6個購入されたそうです。

ここまでは普通の買い物と変わらないのですが、日本へ帰国する際にイタリアの空港でちょっと一悶着ありました。


イタリアの空港で、買い物した商品の税金返還手続きをしようと、税関の窓口に並んだ時のことです。イタリア人は基本的に時間におおらかなひとが多いです。税関の窓口の方も例外に外れることなくマイペ
ースに業務をこなされていたそうです。


次第に税関の窓口前には行列ができ、かといって飛行機の出発時間は待ってくれるわけもなく、行列の旅行者の中でストレスが生まれ始めました。

それでも税関の窓口職員は業務のスピードアップを図るでもなく、手続き上、書類等に少しでも不備があると税金の返還には応じていないようです。時には旅行者との間で言い争いになっていました(言い争いにまでなることは、よくあることなのでしょうか。旅慣れている人や、留学されている方なら知ってみえるかな)。


(2へ続きます)

ホテル・ダニエリの灰皿

イタリアへ服の買い付けに行っている洋服屋の店長さんですが、ヴェネツィアのホテル・ダニエリの関する話はまだ続きがあります。


店長さんの学生時分の放浪一人旅は20年以上前の話ですが、近年、仕入れでイタリアに行った時にヴェネツィアまで足を伸ばしたそうです。


どこのホテルにもあるように、ダニエリ1階のロビーにも、簡単な飲食のできる場所があります。そこのカウンターテーブルに座り、カウンター内のイタリア人の店主らしき人(ホテルの従業員かもしれません)と昔話を始めます。とびきり美味しいカプチーノをすすりながら。


店長さんは、学生の時に憧れからホテル・ダニエリに泊まり、夢をひとつかなえたのですが、その当時はそれだけでは満足がいかなかったそうです。

そこダニエリに泊まった証拠が欲しかった。そこでどういった行動に出たかというと、部屋の備品である灰皿をくすねてきたということです。


高級ホテル・ダニエリの備品ですので、やはりそれなりの物だと思います。白地の陶器でできた大きめの灰皿で、ダニエリを象徴する躍動する馬が4頭走っている前面が描いてあるそうです。(店長さんは現在もそれを大切に保管しています。)


店長さんは、そういった20年前以上の若かりし頃の昔話をイタリア人店主と笑顔を交えながらしていました。灰皿はホテルの備品ですので、もちろんカウンターテーブルにも置いてあります。サイズは部屋用のものと比べ小さめのものです。20年前と全く同じデザインで、白地に4等の馬が描かれていました。20年前と同じ躍動感で。

昔話に花を咲かせているとイタリア人店主は、ふと会話をやめ、カウンターテーブルにある灰皿を手に取り、店長さんへプレゼントすると言い差し出したそうです。店長さんは突然の申し出にビックリしながらも、粋なイタリア人店主へお返しをしようと、持っていた折り紙で鶴を折ってあげたそうです。お二人ともやりますね。


イタリア人がこういったこころにくい心配りが自然とできてしまうのは、長い歴史の重みを感じさせます。旅行・留学で人気があるのもうなずけます。



今、店長の日本の自宅には、大小2種類の白地に4頭の馬が描かれた灰皿が飾られています。


ヴェネツィアのホテル・ダニエリ

イタリアに買い付けに行っている知り合いの洋服屋の店長さんですが、学生の頃、留学ではなく、卒業旅行だったか、卒業旅行の前倒しだったか忘れましたが、イタリアへまとまった期間で放浪の一人旅へ出掛けたそうです。


その中でヴェネツィアの高級ホテル・ダニエリに泊まったことがありました。
かなり古くからあるホテルで、きらびやかなといったイメージではなく、ただ整然と存在感を示していたそうです。日本の皇室の方もヴェネツィアに来る際は利用していたと言っていました。


その話を聞いて、自分もその高級ホテル・ダニエリを一目見たくなりました。泊まることは困難ですが。


そばまで行ってみると、言われたとおり派手派手しくなく、荘厳としており、威厳・風格のある建物でした。

中も見たかったので入ってみると、もうそこは別世界。外観とは違い、上品さを備えながらも、きらめくシャンデリアやふんだんに使われた大理石のまばゆい光にやられてしまいました。


またヴェネツィアに行ったら、必ずホテル・ダニエリに行きます。できれば長期間な旅、もしくは留学とかが望ましいなあ。

イタリアのヴェネツィアといえばヴェネツィアングラス

イタリアのヴェネツィアといえばムラノ島をはじめとしたヴェネツィアングラスが有名です。


ガラス職人さんが、熱してやわらかくなったガラスをいとも簡単に操り、あっという間に躍動的な馬の像を作り上げたのには驚きました。簡単な工具で、ガラスを挟んで引っ張ってしかいないのに、疾風のごとく駆け抜ける馬の姿が出来上がってしまったのです。もう心をわし掴みされてしまいました。


ヴェネツィアングラスは丈夫で少々の衝撃ならビクともしません。特殊な工法があるのでしょね。色も様々なものがありますが、赤色は他の色と比べてお値段が少し高いです。なぜかと言いますと、赤の色を出すためには金(きん)が必要だからということです。金からあの深紅が生まれるというのは納得です。


一般的な語学留学ではなく、こういった職人、アーティストになるためにアート系の留学なら、ここイタリア~ヴェネツィア~でしてみても良いかもしれないと思いました。

ヴェネツィアのハリーズ・バー

イタリアのバールというかレストランの部類かもしれませんが、思い出すのがヴェネツィアのハリーズ・バーです。ヘミングウェイが愛したお店ということで知って見える方もいるかと思います。


イタリアに洋服の買い付けに行っている洋服屋の店長さんに、ヴェネツィアに行くのであればハリーズ・バーは外せないとアドバイスいただきました。そしてそこで必ずベリーニを飲むことを仰せつかりました(笑)


そして店長さんに言われたように、期待に胸ふくらませて、ハリーズ・バーに行って来ました。すぐに待望のベリーニを注文しました。

いよいよ運ばれてきました。割りと大きめのグラスに注がれている濃いピンク色の小さく発砲した液体で、美しさに一瞬見とれました。このカクテルに口を近づけると、小さな気泡がはじけ、かぐわしい香りが鼻腔を通ります。
文章では伝えきれないうっとりとした余韻に浸れました。


観光スポットだけあって観光客が多いと思いますが、現地で働いている人、長期滞在している人、留学している人、住んでいる人にとってもヘミングウェイ同様愛してやまない憩いの場なんでしょうね。


あ、バニーニ(サンドイッチ)も絶品でした。

イタリアのバール(Bar)

イタリアのどんな小さな町にも必ずあり、イタリア人にとって欠かせない憩いの場といえば、バール(Bar)です。日本でいう喫茶店みたいなものです。ただし紛れもなくそこは社交の場です。ここが日本の喫茶店とは違う点ですね。


朝から一日中開いているところが多く、泡あわのカプチーノも、友人や恋人、家族で飲むと一段と身近な間柄になれそうです。

苦~いエスプレッソを注文して、ちょっとずつ、平然とした顔で飲んでいるイタリア人はかっこいいです。小さめのカップと高い鼻が絵になります。イタリア人は苦さが得意なのでしょうか。


旅行でなく、留学や定住して長期間イタリアで過ごせれば、この苦さが病みつきになるのでしょうね。

イタリア人はルーズ?

イタリア人は仕事にはルーズな面があり、空港では荷物を運んでくれなかったり、ひどいときには荷物がなくなったり、また、集合時間に遅れたりと言われることがありますが、自分が行った小旅行ではそんなこともなく楽しく過ごすことができました。


空港ではツアーみなさんの大きな旅行カバンを、イタリア人の空港職員と思われる男性がひとりで、これまた大きなワゴンに積み入れ、笑顔で運んでくれました。


移動のバス運転手は、添乗員さんから明日は朝の6時集合と聞かされて、バス会社からはそんな時間に集合とは聞いていない!明日は別の運転手が来るのだろう!と言っていたとのことですが、次の日には余裕を持ってホテルの前で待っていてくれました。いい人が当たりました。


でも、実際に空港で荷物がなくなった人の話も聞いたことがありますし、海外旅行や留学の際には、海外旅行傷害保険は必須ですね。ツアーの一組が加入手続きをしておらず、日本出発前に添乗員さんに言われて、取り急ぎ空港内で契約していましたし。何事も万全を期したいですね。

イタリア人はイケメンだらけ

イタリアに行って再認識したことはイケメンが非常に多いということです。
道端で普通に見かける一般人がカッコイイです。


旅行中のバスの運転手が3回変わりましたが、みなさん美男子でした。男から見てかっこよかったです。映画やイタリアサッカーセリエAの選手などでわかっていましたが、一般労働者がここまでイケメンとは。

カルチャーショックのひとつに含まれるのでしょうか。あんな大人になれたら渋くて良いなあと思わせます。


旅行でもカルチャーショックですので、留学などで滞在期間が長い場合などは人生が変わってしまうかもしれませんね。

イタリアのチョコレート祭

2月14日は、バレンタインデーで日本ではチョコレート市場が盛り上がりますね。チョコレート好きな人にはとても嬉しい期間でもあります。


このバレンタインにチョコレートをあげる習慣は日本のお菓子会社によって宣伝され習慣化されたものと言われています。

海外ではこういったチョコレートの日というのはないのでしょうか?チョコレート好きにとっては気になります。


調べてみると、イタリアのペルージャでチョコレートの日がありました!
時期は秋らしいのですが、毎年"Eurochocolate" (ユーロチョコレート祭)というものが開催されるようです。


この時期にイタリア旅行を考えている方や、イタリアに留学されている方はぜひ寄ってみてください。
お菓子はもちろん、彫刻から、シャンプーまで何から何までチョコレートがらみです。半端ではないようです。