2007年03月22日

ミケランジェロ・ブオナローティ/イタリアルネサンスの三大巨匠(その2)

Grazie(グラツェ)ありがとうございます。
イタリア文学について徒然に語るこのページ、ご覧頂きまして。 m(__)m
私はピノキオです。イタリア文学の認識を新たにしようとイタリア文学の旅をしています。
 
 
■今回は、ミケランジェロ と言う人を少し眺めてみます。
 
ミケランジェロ・ブオナローティ (1475年3月6日 ~ 1564年2月18日)
Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni
 
イタリアルネサンス期の彫刻家、画家、建築家、詩人。(15&16世紀の人)
名前はミカエル(Michael)と天使(angelo)を併せたもの。
 
西洋で最も巨大な絵画の一つとも言われる、
バチカンのシスティーナ礼拝堂の天井フレスコ画や
『最後の審判』、
パオリーナ礼拝堂にある『聖ペテロの磔刑』、
『パウロの改宗』
を描いたことでよく知られている。
 
もともとは彫刻家であり、『ピエタ』や『ダビデ像』等の傑作のほかにも
『バッカス』、『モーセ』、『ラケル』、『レア』などが有名である。
バチカンの『サン・ピエトロ大聖堂』の設計者でもある。
 
レオナルド・ダ・ヴィンチ、
ラファエロ・サンティ
とともにルネサンスの三大巨匠と呼ばれる。
 
ミケランジェロは長命であり、作品も、
盛期ルネサンスの時代から、マニエリスムの時代への移り変わりを示している。
また躍動的な表現は、次のバロックの時代を準備したといわれる。
 
 
■参考資料
ミケランジェロ  (Wikipedia)
 
 
Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。
 
私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
イタリア文学へ興味を持ち、それへの見識を楽しみながら広め深めしています。
このコラムは、私(ピノキオ)が書いています。

2007年03月19日

イタリアルネサンス(その3/3)

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私はピノキオです。イタリア文学の認識を新たにしようとイタリア文学の旅をしています。
 
 
■今回は、『イタリアルネサンス』へ寄り道(その3/3)です。
 
イタリア文学を理解するのに、イタリアルネサンスへの認識は欠かせない。
そう言う意味で、3回シリーズで、イタリアルネサンスを概観してみます。
 
 
イタリアルネサンス(その3/3)
 
ルネサンスの時代(14世紀-16世紀)は明るい時代ではなく、
ペストの流行や、政争(注)、戦乱の続く波乱の時代であった。
 
(注)…関連思想 ⇒ マキアヴェッリ『君主論』
 
文化を享受していたのも宮廷や教皇庁など一部の人々に過ぎず、
魔術や迷信もまだ強く信じられていた。
 
ルネサンスのイタリアはヨーロッパを近代に導く役割を果たしたが、
国内は教皇領や小国に分裂し、
またイタリア戦争後は外国の勢力下に置かれたため国家統一が遅れ、
政治・社会の近代化では立ち遅れる結果になったのである。
 
1600年には宇宙の無限性を唱えたブルーノが異端として火刑に処せられた。
イタリアにおいては自由な科学研究も困難な状況であることが示され、
ルネサンスの時代は終焉を迎えたというべきであろう。
 
ただ、17世紀のローマはカトリック教会を中心にバロック美術の時代に入り、
直ちに文化的に不毛な状態になったわけではない。
 
 
 
■参考資料
ルネサンス  (Wikipedia)
 
 
Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。
 
私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
このコラムは、私(ピノキオ)が書いています。

2007年03月16日

イタリアルネサンス(その2/3)

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■今回は、『イタリアルネサンス』へ寄り道(その2/3)です。
 
イタリア文学を理解するのに、イタリアルネサンスへの認識は欠かせない。
そう言う意味で、3回シリーズで、イタリアルネサンスを概観してみます。
 
 
イタリアルネサンス(その2/3)
 
イタリアは古代ローマ帝国の文化が栄えた土地で、
古代の遺物も多く、彫刻家、建築家らはこれらから多くを学ぶことができた。
 
建築の分野ではブルネレスキがルネサンスの建築家の始めとされる。
ブルネレスキは当時困難とされていた、
フィレンツェ大聖堂(サンタ・マリア・デル・フィオーレ)に、
大ドームをかけるという課題に合理的な解決をもたらし、世の賞賛を浴びた。
 
中世の職人とは異なる、高い教養と科学的知識を持つ建築家の誕生である。
建築家としても知られるアルベルティは人文主義者であり、
「人間はあらゆるものになる可能性を持っている」と説き、
また建築、絵画に関する広範な著述など多くの分野で業績を挙げている。
アルベルティはルネサンスの理想である「万能の天才」の一典型とされる。
 
また、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロは、
それぞれ絵画、建築、彫刻など多方面での才能を発揮した。
 
イタリアでルネサンス文化が開花したのは、
フィレンツェミラノローマ、ヴェネツィアなどの都市である。
 
学芸を愛好し、芸術家たちを育てたパトロンとして、
フィレンツェのメディチ家、ミラノのスフォルツァ家などが知られている。
 
15世紀末にはサヴォナローラの改革によりフィレンツェの芸術は衰退し、
フランスとの抗争でミラノのスフォルツァ家も追放された(1515年)が、
ローマでは教皇によるサン・ピエトロ大聖堂などの建設が行われ、
多くの芸術家を集めることになった。
 
ローマ略奪(1527年)によりローマは一時荒廃したが、
ヴェネツィア共和国やトスカーナ大公国(フィレンツェ)で美術の隆盛が見られた。
 
 
■参考資料
ルネサンス  (Wikipedia)
 
 
Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。
 
私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
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2007年03月13日

イタリアルネサンス(その1/3)

■今回は、『イタリアルネサンス』へ寄り道(その1/3)です。
 
イタリア文学を理解するのに、イタリアルネサンスへの認識は欠かせない。
そう言う意味で、3回シリーズで、イタリアルネサンスを概観してみます。
 
 
イタリアルネサンス(その1/3)
 
ルネサンス(イタリア語でリナシメント rinascimento)は、
イタリアフィレンツェなど地中海貿易で繁栄したトスカーナ地方の諸都市を中心に、
教会やイスラム世界、東ローマ帝国の保存していた古典文化の影響を受けて、
14世紀頃にはじまった、というのが一般的な理解である。
 
その先駆者はフィレンツェ出身の詩人ダンテ(1265-1321年)である。
ダンテは政敵によってフィレンツェを追放されたが、
流浪の生活の中で代表作「神曲」を完成させた。
 
ローマの詩人、ウェルギリウスを地獄・煉獄巡りの案内人として登場させ、
魂の浄化を経て天国へ昇ってゆくという内容であり、
ローマの古典文学とキリスト教による救済との調和を図り、一大叙事詩に謳い上げた。
 
続いてペトラルカ(1304-1374年)は、
古典古代の時代こそ人間性が肯定されていた理想の時代であり、
中世(キリスト教公認以降のローマ帝国が衰退した時代)を暗黒時代と考えた。
ペトラルカは古代の文献を収集し、ラテン語による詩作、著述を行ったが、
このように古典の教養を持ち、
人間の生き方について思索する知識人を人文主義者(Umanista ウマニスタ)と呼ぶようになった。
 
また、1453年のコンスタンティノープル陥落(東ローマ帝国滅亡)の前後には、
ローマから多数の知識人がイタリアへ亡命してきた。
末期の東ローマ帝国では古代ギリシャ文化の研究が盛んになっており(パレオロゴス朝ルネサンス)、
彼等が携えてきた古代ギリシャ・ローマの書物や知識は古代文化の研究を活発化させた。
 
人文主義者の一人、フィチーノ(1433-1499年)はメディチ家のプラトン・アカデミーの中心人物で、
プラトンの著作を翻訳した。
 
 
 
■参考資料
「ルネサンス」  (Wikipedia)
 
 
Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。
 
私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
このコラムは、私(ピノキオ)が書いています。

2007年03月10日

ルネサンス概観

Grazie(グラツェ)ありがとうございます。
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■今回は、『ルネサンス』へ寄り道です。
 
イタリア文学を理解するのに、イタリアの地理歴史風土への理解は欠かせない。
そう言う意味で、今回は、イタリアと言えばルネサンスと思える雰囲気もあるので。
イタリアに軸足を置いて、ルネサンスを概観してみます。
 
●ルネサンス概観
ルネサンス (仏:Renaissance直訳すると「再生」)
一義的には、14世紀-16世紀にイタリアを中心に西欧で興った、
古典古代の文化を復興しようとする歴史的・文化的諸運動を指す。
また、これらが興った時代(14世紀-16世紀)を指すこともある。
 
●ルネサンス史
ルネサンスは、西欧世界の進行方向を決定付けるような、
文化史・精神史の上での一大事件であった。
まず、イタリア・ルネサンスと呼ばれる事象の興り・発展・終焉、
次に、イタリア以外での西欧諸国のルネサンスの受容と発展の様相を見る。
 
 
■参考資料
「ルネサンス」  (Wikipedia)
 
 
 
Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。
 
私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
このコラムは、私(ピノキオ)が書いています。

2007年03月07日

ローマ神話の神々

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私はピノキオです。イタリア文学への認識を深めようとイタリア文学の旅をしています。
 
 
■今回は、「ギリシア・ローマ神話」について寄り道(余談)をしてみます。
 
西洋(ゲルマン・アングロサクソン・ラテンetc)の文化・文学をより良く理解するのに、
「ギリシアローマ神話」と「聖書」への「或る程度の認識」は欠かせない、とよく言われます。
 
そこで、ギリシア・ローマ神話に登場するキャラクターの呼称を列挙してみます。
オリンポス12神と言われるキャラクターです。
ここでは、13キャラクターを記載しています。
それは、バッカス(12番…酒の神)、ヴェスタ(13番…炉の女神)、のどちらを12番目にするかなのだと思います。
 
 
各キャラクターの呼称は次のフォームで表示します。
No.ローマ名…概略
  a)ギリシア名 b)英語名 c)守護星
 
1.ユピテル…天空の支配者・神々の王・雷の神
  a) ゼウス b) ジュピター c) 木星
 
2.ユノ…ゼウスの正妻・家庭生活の女神
  a) ヘラ b) ジュノー c) -
 
3.ケレス…大地の母・穀物の女神
  a) デメテル b) セレス c) -
 
4.ネプトゥヌス…海と泉の神
  a) ポセイドン b) ネプチューン c) 海王星
 
5.ミネルヴァ…知恵と戦争の女神
  a) アテナ b) パラス c) -
 
6.アポロ…太陽・芸術の神
  a) アポロン b) アポロ c) 太陽
 
7.ディアナ…月・狩猟の女神
  a) アルテミス b) ダイアナ c) 月
 
8.ウェヌス…愛と美の女神
  a) アフロディテ b) ヴィーナス c) 金星
 
9.メルクリウス…ゼウスの使者・商売と通信の神
  a) ヘルメス b) マーキュリー c) 水星
 
10.ウルカヌス…火と鍛冶の神
  a) ヘファイストス b) ヴァルカン c) -
 
11.マルス…戦闘の神
  a) アレス b) マーズ c) 火星
 
12.バッカス、バックス…ぶどうと酒の神
  a) ディオニュソス b) バッカス c) -
 
13.ヴェスタ、ウェスタ…炉の女神
  a) ヘスティア b) ヴェスタ c) -
 
 
この他に…。
 
A.サトゥルヌス
  a) クロノス b) サターン c) 土星
 
B.ウラヌス
  a) ウラノス b) ウラヌス c) 天王星
 
C.プルトン
  a) ハデス b) プルート c) 冥王星
 
 
ご覧頂くと分かるとおり、ここで登場する神々の名前は日本にいても日常生活でしばしば見聞きするモノばかりです。
イタリア文学をはじめとして、西欧文学を楽しむのに、知っておくとより面白い事柄ではないでしょうか。 
 
イタリア文学から少し外れますが、ローマ神話の筆頭ユピテル(英語名ジュピター)がクラシックに出て来ます。
ホルストの組曲「惑星」の第4番です。
この曲は、2004年でしょうか、「Jupiter」
作詞: 吉元由美/ 作曲: Gustav Holst/ 編曲: 坂本昌之/ 歌: 平原綾香
としてヒットし、よりポピュラーな曲となりました。
この曲の YouTube を添付しますので、お楽しみ下さい。イタリアへの夢を膨らませて下さ~い。
 
♪ Jupiter - 平原綾香  [YouTube]

 
 
 
 
では、Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。
 
私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
このコラムは、私(ピノキオ)が書いています。

2007年03月04日

神曲/ダンテ・アリギエーリ

Grazie(グラツェ)ありがとうございます。
イタリア文学について徒然に語るこのページ、ご覧頂きまして。 m(__)m
私はピノキオです。イタリア文学の認識を新たにしようとイタリア文学の旅をしています。
 
 
■今回は、ダンテの『神曲』への旅です。
 
『神曲』(しんきょく) La Divina Commedia
著者:ダンテ・アリギエーリ。13~14世紀イタリアの詩人・政治家。
 
 
地獄篇・煉獄篇・天国篇の三部から成る。
全1万4千余行の韻文による長編叙事詩。
 
聖なる数「3」を基調とした極めて均整のとれた構成から、
ゴシック様式の大聖堂にたとえられる。
イタリア文学最大の古典とされ、世界文学史にも重要な位置を占めている。
 
 
西暦1300年の聖金曜日(復活祭前の金曜日)、暗い森の中に迷い込んだダンテは、
そこで出会った古代ローマの詩人ウェルギリウスに導かれ、
地獄・煉獄・天国と彼岸の国を遍歴して回る。
 
ウェルギリウスは地獄の九圏を通ってダンテを案内し、
地球の中心部、魔王ルチフェロ(サタン)の幽閉されている領域まで至る。
 
そこから、地球の対峙点に抜けて煉獄山にたどりつく。
煉獄山では登るにしたがって罪を清められていき、煉獄の山頂でダンテはウェルギリウスと別れることになる。
そしてダンテはそこで再会した永遠の淑女ベアトリーチェの導きで天界へと昇天し、
各遊星の天を巡って至高天(エンピレオ)へと昇りつめ、見神の域に達する。
 
 
■参考資料
「神曲」 (Wikipedia)
 
 
Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。
 
私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
このコラムは、私(ピノキオ)が書いています。

2007年03月01日

「デカメロン」は「大きなメロン」の事ではありません。

Grazie(グラツェ)ありがとうございます。
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私はピノキオです。イタリア文学の認識を新たにしようとイタリア文学の旅をしています。
 
 
■今回は、「デカメロン」について寄り道(余談)をしてみます。
 
ジョヴァンニ・ボッカッチョが書いた「デカメロン」は、「十日物語」とも言われています。
 
1348年(14世紀半ば)に大流行したペストから逃れる為、
邸宅に引き篭もる間に、男3人、女7人の計10人が、退屈しのぎに語らう話。
10人が10話づつ語り、全百話から成る。
内容はユーモアと艶笑に満ちた恋愛話や失敗談など。
「デカメロン」の「デカ」が「十」を表しているので、別称「十日物語」なのは頷けます。
ですから、「デカメロン」は「大きなメロン」の事ではありません。
 
西洋(ゲルマン・アングロサクソン・ラテンetc)の文化をより良く理解するのに、
「ギリシアローマ神話」と「聖書」への「或る程度の認識」は欠かせない、とよく言われます。
それに同じくして、接頭語・連結語への認識が揚げられます。
今回の場合、「デカ」です。英和辞典によりますと、次のようなことが書いてあります。
 
◎deca- : 10倍を意味する連結語
例)
decade : 10年間、10巻、10編、etc。
decagon : 10角形(8角形は米国防省の建物でもお馴染み ⇒ pentagon)
decagram : 10グラム(こういう呼び方があるんですねぇ~)
等々
 
◎deci- : 10分の1を意味する連結語
例)
deciare : 10分の1アール
decibel : 10分の1ベル(音の強さを表す物理単位)
decigram : 10分の1グラム
deciliter : 10分の1リットル
decimal : 10進法の、小数の
 
◎因みにITで良く出てくるデジタルは、digitalです。degitalではありません。
digit : 指、アラビア数字
digital : 指の、[コンピュータ等が]計数型・デジタル型の。(対)analog
 
 
では、Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。
 
私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
このコラムは、私(ピノキオ)が書いています。

2007年02月25日

デカメロン/ジョヴァンニ・ボッカッチョ

Grazie(グラツェ)ありがとうございます。
イタリア文学について徒然に語るこのページ、ご覧頂きまして。 m(__)m
私はピノキオです。イタリア文学の認識を新たにしようとイタリア文学の旅をしています。
 
 
■今回は、ジョヴァンニ・ボッカッチョの『デカメロン』への旅です。
 
 
『デカメロン』(Decameron)は、ジョヴァンニ・ボッカッチョによる物語集。
 
「十日物語」とか、「人曲」とも呼ばれる。
「十日物語」と呼ばれるのは、デカメロンと言う題名が、
ギリシャ語の10日 ⇒ deka hemerai に由来している事から。
「人曲」と呼ばれるのは、ダンテの「神曲」に対して、そう呼ばれる。
 
この物語は、1348年に大流行したペストから逃れる為、
邸宅に引き篭もる間に男3人、女7人の計10人が、退屈しのぎに語らう話。
 
10人が10話づつ語り、全百話から成る。内容はユーモアと艶笑に満ちた恋愛話や失敗談など。
 
それぞれ『アラビアン・ナイト』や『七賢者の書』から影響を受けている。
 
 
■参考資料
デカメロン (Wikipedia) 
 
Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。
 
私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
このコラムは、私(ピノキオ)が書いています。

レオナルド・ダ・ビンチ/イタリアルネサンスの三大巨匠(その1)

Grazie(グラツェ)ありがとうございます。
イタリア文学について徒然に語るこのページ、ご覧頂きまして。 m(__)m
私はピノキオです。イタリア文学の認識を新たにしようとイタリア文学の旅をしています。
 
 
■今回は、レオナルド・ダ・ビンチ と言う人を少し眺めてみます。
 
私は、レオナルド・ダ・ビンチと聴けば、天才の代名詞、といった印象を持ってます。
そしてまた、「イタリアと聞いて思い浮かぶ人名をあげよ」と言われると、
日本では、レオナルド・ダ・ビンチの名前を挙げる人が多いのではないだろうか、と私は思っています。
 
そう言うことから、今回、レオナルド・ダ・ビンチは、何か文学的な業績を残しているのかどうか調べてみた。
すると、以下のような事を知った。
 
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レオナルド・ダ・ヴィンチ (Leonardo da Vinci、1452年4月15日~1519年5月2日、67才)
イタリアのルネサンス期(15~16世紀)を代表する万能の天才として知られている。
絵画、彫刻、建築、土木および種々の技術に通じ、極めて広い分野に足跡を残している。
(日本では、空海がこれに相当する、一人の人物の様に思われます。)
『最後の晩餐』や『モナ・リザ』などの精巧な絵画は盛期ルネサンスを代表する作品になっている。
膨大な手稿(ノート)を残しており、その中には飛行機についてのアイデアも含まれていた。
---------------------------------------------------
 
これによると、レオナルド・ダ・ビンチはその芸術的、科学&工学的業績には偉大なものがあるが、
イタリア文学に対する直接的影響とか、イタリア文学に残した著作というものは、そうではないようだ。
 
ただ、彼自身が直接的に、イタリア文学へ、その業績を残していなくても、
芸術的、科学&工学的業績である所の彼の作品、などを題材にした著書は多数存在し、
イタリア文学に、より華やかな花を添えることに貢献しているに違いない。
 
最近ではアメリカの作家だがダンブラウンという人の「ダビンチコード」は有名だ。
 
 
 
■参考資料
レオナルド・ダ・ビンチ (Wikipedia)
 
 
Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。
 
私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
このコラムは、私(ピノキオ)が書いています。

くもの巣の小道/イタロ・カルヴィーノ

Grazie(グラツェ)ありがとうございます。
イタリア文学について徒然に語るこのページ、ご覧頂きまして。 m(__)m
私はピノキオです。イタリア文学の認識を新たにしようとイタリア文学の旅をしています。
 
 
■今回は、「くもの巣の小道」に立ち止まってみます。
 
amazonをパラパラと見ていたら面白そうな本に目がとまった。その本は、
「 くもの巣の小道 ~パルチザンあるいは落伍者たちをめぐる寓話~ 」 
この本に目がとまったのを機に、ちょっと、amazon情報などを、私なりに編集してみました。
 
◎物語の概要
少年ピンが加わったパルチザン部隊は、“愛すべきおちこぼれ”たちのふきだまりだった。
普段、酒や女で頭がいっぱいの彼らが「死」をもってあがなおうとしているのは何なのだろう。
なんとも嫌らしくて、不可解な大人たちである。
パルチザンの行動と生活を、少年の目を通して寓話的に描く。
奇想天外な現代小説の鬼才・カルヴィーノの文学的原点の傑作。
 
◎著者、イタロ・カルヴィーノ(Italo Calvino)
1923~1985。
イタリア文学の小説家、SF作家、幻想文学作家、児童文学作家、文学者、評論家。
20世紀イタリアの国民的作家とされる。
カルヴィーノは、キューバで生まれる。両親とともにイタリアに戻り、トリノ大学農学部に入学。
1943年、反ファシズムのパルチザンに身を投じ、彼の文学的出発点となる。
1947年、『くもの巣の小道』が発表され、ネオ・レアリズム小説の傑作と絶賛される。
 
◎パルチザンについて
パルチザン【partisan(仏)】は、民間人によって組織された非正規軍。
つまり、ゲリラ。ヨーロッパのゲリラは、特にパルチザンと呼ばれた。
これらのゲリラの主任務は、 正規軍と連携し、戦線の後方で破壊活動や情報収集をすることであった。
 
 
■参考資料
くもの巣の小道 (読むまで死ねるかっ)
イタロ・カルヴィーノ (Wikipedia)
パルチザン (リネージュ2用語)
 
 
Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。
 
私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
このコラムは、私(ピノキオ)が書いています。

フーコーの振り子(物理実験)

Grazie(グラツェ)ありがとうございます。
イタリア文学について徒然に語るこのページ、ご覧頂きまして。 m(__)m
私はピノキオです。イタリア文学の認識を新たにしようとイタリア文学の旅をしています。
 
 
■今回は、イタリア現代小説の題名になっている「フーコーの振り子」を少し眺めてみます。
 
・フーコーとは。
レオン・フーコー(Jean Bernard Leon Foucault 、1819年9月18日 ~ 1868年2月11日)の事。
レオン・フーコーは、フーコーの振り子の実験で知られるフランスの物理学者。
イタリアの人ではなかったんですね。
 
・フーコーの振り子とは。
長い(通常10m以上の)振り子の底に質量の大きいおもりをつけたもの。
地球が自転していることの目視に使用される。
レオン・フーコーの公開実験1851年1月8日が有名で、
そのため彼の名前で呼ばれるようになった。(提案者は別との話もある)。
 
・フーコーの実験
フーコーの時代(19世紀、前・中)、
地球の自転は常識となりつつあり、それを物理的に証明する方法がいろいろ提案されていた。
その一つは、
振り子を振れさせると、地球の自転により振り子の回転方向が少しずつずれるはずだというもの。
赤道ではこの現象は起きないが、
赤道以外の場所では、自転の方向に応じて少しずつ振り子の振れる方向が回転するというのである。
フーコーの時代以前に提案されてたこの説を、
実験で確かめようと1851年にまず2mの振り子で地下室で実験を行った。
のちの一般公開では長さが約60mにされた。
 
 
 
■参考資料
フーコーの振り子 (wikipedia)
 
 
Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。
 
私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
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テンプル騎士団

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■今回は、ちょっと「テンプル騎士団」と言うものに寄り道してみます。
 
テンプル騎士団は中世ヨーロッパで活躍した騎士修道会。
小説&映画「ダビンチコード」(原作、ダンブラウン)で、日本では一躍有名になった。
私は、小説を読んだのですが、やはりこの「テンプル騎士団」と言うのは印象的だった。
確か、この小説には、アメリカ・フランス・イタリア・スペイン・イギリス、が登場していたと思う。
 
正式名称は、
「キリストの貧しき騎士にして、エルサレムなるテンプル騎士修道会」。
 
ラテン語表現は、
Paupers commilitones Christi Templique Solomonici .
 
日本語では、
「神殿騎士団」や「聖堂騎士団」、などと呼ばれる。
 
 
十字軍活動以降、いくつかの騎士修道会(※1)が誕生したが、
テンプル騎士団はその中で、もっとも有名なものである。
創設は1096年の第1回十字軍の終了後であり、
ヨーロッパ人によって確保されたエルサレムへの巡礼に向かう人々を保護するために設立された。
 
テンプル騎士団の最大の特徴は、
構成員が修道士であると同時に戦士であったということにある。
 
同騎士団の団員たちは数次にわたって行われた十字軍活動の中で大きな役割を果たした。
特筆すべきは、テンプル騎士団が王族や貴族たちの財産を預かる中で、
独自の金融システムを発達させ、国際銀行の元祖ともいうべき役割を果たしていたことである。
(この特筆事項は、小説「ダビンチコード」からも垣間見られた)
 
ヨーロッパ全域に広がったテンプル騎士団は、
聖地がイスラム教徒の手に奪い返されて本来の目的を失った後も活動し続けたが、
1300年代初頭にフランス王フィリップ4世の陰謀によって壊滅させられ、禁止となった。
 
 
※1 … 構成員たちが武器を持って戦闘にも従事するタイプの修道会
 
■参考資料
テンプル騎士団 (Wikipedia)
 
 
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フーコーの振り子/ウンベルト・エーコ

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■今回は、ウンベルト・エーコの「フーコーの振り子」への旅です。
 
題名と、その概略文から、「フーコーの振り子」という小説に興味を感じたので、
どんな本なのか、もう少し色々と調べようと、
ミクシーというSNSでレビューが在るかどうか検索してみた。
きっちり、書評を書いている人が何人か居る。
 
その書評をチラッと読んでみた。
感じとしては、むずかしそうだが楽しそう。
ただ、或る書評には「ダビンチコード」のような楽しみはないと書いてあった。
さて、どんな本なのだろうか。
 
何れにしても、テンプル騎士団の謎、を書いているという。楽しみだ。
 
 
■和訳書は文藝春秋から出版されている。
フーコーの振り子(上・下)/ ウンベルト・エーコ著/ 文藝春秋
 
 
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イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
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それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
このコラムは、私(ピノキオ)が書いています。

代表的な、著者&著書

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■今回は、イタリア文学の「概観」です。
 
イタリア文学で代表的な人物として、
中世から現代まで、で十人ほど、リストアップしてみた。
 
01.ダンテ・アリギエーリ  『新生』、『神曲』
02.フランチェスコ・ペトラルカ  『アフリカ』、『カンツォニエーレ』
03.ジョヴァンニ・ボッカッチョ  『デカメロン』
04.スカリジェッロ  『詩学』
05.トルクァート・タッソ  『解放されたイェルサレム』『愛神の戯れ』
06.ルドヴィーコ・アリオスト  『狂えるオルランド』
07.アレッサンドロ・マンゾーニ 『婚約者』
08.ダヌンツィオ 『早春』、『死の勝利』
09.ウンベルト・エーコ 『薔薇の名前』
10.イタロ・カルヴィーノ 『冬の夜ひとりの旅人が』
 
01.のダンテはとても有名。
こうして知ると「あぁ~そうだったのかぁ~、ダンテはイタリアの人だったのか~」となる。
また、『デカメロン』も有名。「ははぁ~、これはイタリアの人の著作な訳ねっ」となる。
 
ただ、先入観で決めつけてしまうのは宜しくないのだけれど、
『神曲』と聞くと、その内容がとても難しそうで、
それを読んでみようかという気にならない。
そんなこんなで、現代の人と言うことで、
10.のウンベルト・エーコにちょっと関心を持ってみようと思う。
半年程前、『ダビンチコード』(ダンブラウン著)を堪能した私としては、
この人の『フーコーの振り子』に大きな興味を感じる。
 
 
■ダンテ・アリギエーリ(Dante Alighieri、1265年~1321年9月14日)
イタリアの都市国家フィレンツェ生まれの詩人、哲学者、政治家。
イタリア文学最大の詩人とされ、ルネサンスのパイオニアとも言われる。
代表作は彼岸の国の旅を描いた叙事詩『神曲』および詩文集『新生』。
 
■ジョヴァンニ・ボッカッチョ(Giovanni Boccaccio, 1313年~1375年12月21日)
中世イタリアフィレンツェの詩人、散文作家。
フィレンツェの商人の父とフランス人の母の間に生まれる。
しかし、生地は不明でフィレンツェやパリなどの説がある。
ダンテ・アリギエーリより50ほど年下だが、
最も早いダンテの理解者であり賛美者であった。
代表作は1349年から1351年に書かれた『デカメロン』(十日物語)。
 
■ウンベルト・エーコ(Umberto Eco、1932年1月5日~ )
イタリアの哲学者、小説家、ボローニャ大学教授。アレッサンドリア生まれ。
哲学者としては、記号論の分野で世界的に有名。
トマス・アクィナスの美論についての論文で学位を取得。
ラジオ放送局でドキュメンタリー番組のプロデューサーとして勤務した後、
大学へ戻り哲学論文ならびに文学作品の精力的な発表を続けている。
 
 
■参考資料
イタリア文学 (Wikipedia)


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私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
このコラムは、私(ピノキオ)が書いています。

ピノキオとスピルバーグ

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■今回は、「ピノキオとスピルバーグの関係」について少し旅してみます。
 
 
ピノキオと聞けば、私はスピルバーグの映画を思い出す。
その映画の名前は「AI」。
AIとは、ARTIFICIAL INTELIGENCE 。「人工知能」になるのだろうか。
この映画の場合は、人間の少年そのものの「サイボーグロボット」。
この映画を私は2002年に観た。ガールフレンドと一緒に観る予定だったのですが、
彼女が都合悪くなり一人で観ました。なかなか感動的な映画でした。
 
で、スピルバーグがこの映画で描いた「サイボーグロボット」が、ピノキオそのものなんですね。
きっとコレはスピルバーグがピノキオにヒントを得て製作した映画なんだろうなぁ~と
当時、思ったものです。
 
 
所で、スピルバーグは血筋的にはイタリアには関係ないようです。
 
■スティーヴン・スピルバーグ(Steven Allan Spielberg、1946年12月18日~)
ロシア系ユダヤ移民の3代目。
Spielbergというドイツ語の苗字は直訳すると「芝居山」という意味で、
祖先が17世紀に居住していたオーストリアの町の名前に由来する。
英語訳では「Playmount」となり、彼が若い頃の映画製作の社名にしていた。
 
アメリカの映画監督。
米国フォーブス誌によると2006年の彼の年収は約350億円。
これは、米国有名人の中で、総合1位と言う。
 
 
■参考資料
スティーヴン・スピルバーグ (Wikipedia)


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イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
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ピノキオ/カルロ・コッローディ

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イタリア文学って馴染みがありそうで、私には意外にそうではなかった。
それで何かイタリア文学でメジャーなモノはないかと想い巡らしてみた。
すると「ピノキオ」と言うキャラクターが思い浮かんだ。
で…この童話「ピノキオ」についてwikipediaを参照してみた。
 
■ピノッキオの冒険(Le Avventure di Pinocchio)
イタリアの作家、カルロ・コッローディの童話作品。
1883年に最初の本が出版されて以来、
100年以上に渡り読み継がれている著名な童話である。
 
■あらすじ
意志を持って話をする丸太が、木の人形にされ、ピノッキオと名付けられた。
ところがこのピノッキオは勉強と努力が嫌いで、すぐに美味しい話に騙される。
青い髪の妖精や話をするコオロギなどの忠告にも耳を貸さず、
幾度となく焼かれそうになったり、殺されそうになったりする。(現に一回死ぬが、生き返る)
苦難を乗り越えて人間の少年へと変化するまでの逸話が書かれている。
 
■トリビア
この話の中盤あたりでピノッキオは怒ってコオロギに石をぶつけて殺してしまう。
 
 
■参考資料
ピノッキオ (Wikipedia)

 
Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。
 
私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
このコラムは、私(ピノキオ)が書いています。

自己紹介

Grazie(グラツェ)ありがとうございます。
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私は、ピノキオです。
イタリア文学の認識を新たにしようと、イタリア文学の旅に出ることにしました。
 
最近、大のイタリア好きの、私の親友が、イタリアから帰ってきました。
彼は、イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接して来た、人物です。
私は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
 
その様なことから、
このコラムは、私(ピノキオ)が、
イタリア留学生になったつもりで、
イタリア文学を旅するような気分で、
イタリア文学について徒然に思い付いたままの対処で、
イタリア文学にまつわる記述をしていきます。
 
どうぞ宜しくお願いします。
では…、
Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。