2009年11月19日

晩秋のイタリア

今年は昨年と比べるとずっと暖かですが、さすがに11月下旬近くなると木々の紅葉も進み冬が近くに来ていると感じます。 (ちなみに昨年は、11月下旬に雪が降りました。)


ここトリノは、中心地でも木々が多く、とくに私の住んでいるポー川のほとりは木々の紅葉がとてもきれいです。


さすがにベンチに腰かけて本を読むのはちょっと寒いのですが、この美しい紅葉を見ながらの散歩は欠かすことができません。


晩秋といえば、美しい紅葉を見ながらの散歩、焼き栗を買って歩きながら食べること、ポルチーニとカボチャのリゾットを満喫すること、これに日本の温泉があったらもう言うことないですが(笑)


イタリアのお風呂は、ガスでお湯をわかして出すところと、電気でお湯をわかして出すところがあります。

ガスの方はチューブの中に水が通っていてその下をガスが常に水を温めているので、限りなく暖かなお湯が使えます。

一方、電気はタンクの中に水が入っていてそれを電気で温めるため、容量に限りがあります。温まったタンクの中のお湯を使うと、減った分を冷たい水で補うため、一定量を超えると温まるのに時間がかかり、ぬるいお湯が出てくるるというわけです。


私のアパートは残念ながら電気なので、風呂桶にお湯をためての入浴は難しく、寒くなってくるとなおさら日本のお風呂や温泉がなつかしくなります。

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家の近くのポー川の紅葉

2009年11月12日

移民の話

ずっと前にイタリアは人種のるつぼのようだと紹介したことがあります。

もちろんこの状況はイタリアだけではなく、ヨーロッパの他の先進国にも言えることかもしれません。

東ヨーロッパやアラブ、アフリカ諸国、ロシア、フィリピン、中国、中・南米の国々からの移民が後をたたずに益々増加傾向にあります。


さて、昨年の夏にあるルーマニア人の女性と知り合いました。

バスの中で隣同士になり、話しかけられもちろんその場で終わったわけですが、それから時間も曜日もバラバラなのに、何度もこの女性とバスの中で会いました。

トータルで何回くらい出会ったかわかりませんが、最近になってお互いに何か意味があるのかも?という気になり、お昼でもいっしょにしようということになりました。


ある日曜日のお昼に彼女のアパートにお邪魔してお昼をいっしょにしました。

彼女の名前は、Fausta(ファウスタ)。

バツイチで成人した娘さんがルーマニアにいるとのこと。

彼女はイタリアに来る前にオランダに行ったそうですが、オランダは2000年まで外国人にとてもオープンで仕事の機会も与えられ、人も温和で環境的にも整っていてとても住みやすいところだとかなり褒めていました。

ただし、その後移民がかなり増えてこの適用はなくなり、彼女は残念ながら正規な滞在許可がもらえず、やむなくイタリアに来たと言っていました。

最初は移民としてイタリアに入ったようですが、2007年にルーマニアはEUに加盟したので今では自由にイタリアに住むことも可能になりました。


さて、イタリアで三面記事に登場するトップスリーの中にいつも入っているのが悪評高きルーマニア人。

彼女いわく、ルーマニアはとても貧しい国で、物価がイタリアと同じくらいなのに、給料はイタリアの1/10にも満たず、当然ほとんどの人が生活できずに他国へと移り住むわけですが、イタリアでもいい仕事につくのは至難の業。

給料が高く、プロフェッショナルと呼べる仕事につけるのはイタリア人だけで、それ以外のあまりしたくないような仕事のみ外国人に回ってきます。

悪評高きルーマニア人というのは、特に最近イタリアに入ってきた人たちが多いそうで、彼らはお金に餓えていて、少しでも生活を変えたいのに、そうさせないイタリア社会に反発しての行動とも受け取れます。


イタリアで外国人がつける仕事は老人ホームなどでのお年寄りの世話か家の掃除がダントツ多い。

あとは、レストランのウェイトレス、販売員など。もちろん他の仕事もあるにはあっても数が少ない。もし少しでも資金があれば、自分の仕事を何か立ち上げることも可能。しかしながら、移民と呼ばれるような人たちは貧しくてイタリアに稼ぎにきているわけで、資金なんてあるわけがない。


彼女は自国で大学も出たようですが、今はお金持ちのお年寄りの家のお掃除に毎日でかけています。週4日、夕方から夜までエステシャンの免許をとるために学校に通っています。給料は生活していけるだけはもらえているようなので、彼女の場合、まだラッキーといえます。


移民の中には、仲介者に莫大なお金を払ってイタリアに来ている人達もいます。彼らはイタリアに到着してから現実の厳しさを知るわけですが、すでに帰る家もなく、民芸品や花などを売り歩いたり、それもだめなら物乞いをするしかありません。

若い女性やトランスなら娼婦として稼ぐという人たちも出てきます。

移民の中で一番お金持ち?といってもいいのが中国人です。彼らはいつも一つのグループとして行動し、お互いに助け合い、強く生きています。

イタリア人から聞いた話ですが、彼らは亡くなると遺体はどうするのか不明とのこと。中国人のお葬式なんていうのも聞いたことがないとか。


話が飛んでしまいましたが、ファウスタとは話も弾み、トルココーヒー(コーヒーの上澄みを飲む)占いなんかもやってもらい、最後には顔のマッサージまでやってもらいました。

日本人には想像もできないくらいの苦労があるんだとは思いますが、彼女のように生活が大変でも、明るく頑張って生きている女性を見るとこちらもパワーをもらえて気分が明るくなります。

彼女とは又会っておしゃべりしたくなりました。

2009年11月03日

ワイナリー見学

10月末の暖かな一日。

ソムリエの友達の案内で、トリノの南にあるピエモンテ州アスティから程近いところにあるロケッタ・ターナロのワイナリーに行ってきました。


ワイナリーの名前は、“Braida”(ブライダ)。


ロケッタ・ターナロの丘で多く生産されるバルベーラ種のワインは、“酸味が強い”ので敬遠され、安売りされがちだったのをブライダ社の創業者、ジャコモ・ボローニャ氏による畑の改良、バリック熟成の導入などにより、酸味が抑えられた力強いバランスのとれたワインへと改良されました。


ボローニャ氏は若くして他界しましたが、彼の妻と娘、息子により彼の意思は受け継がれ今に至っています。

さて、この日のお客は私だけだったので、ゆっくりとステンレス醸造タンクからブリックの樽での熟成までの工程を説明してもらった後に、メジャーワインの試飲をすることになりました。


まずは、アスティのずっと南に位置するランゲ地区でとれたシャルドネワイン、“Asso di Fiori”(アッソ・ディ・フィオリ)。しっかりとした味わいながらもう少し熟成させてもいいワイン


次に、“Il Baciale’”(イル・バチャレ)2007年。このワインの特徴は、バルベーラ60%、ピノ・ネロ20%、カベルネ・ソービニヨン10%、メルロー10%のブレンド赤ワイン。とても飲みやすくバランスのとれた味。


“Montebruna”(モンテブルーナ)2007年。バルベーラ種100%なのに酸味が少なくベリー系フルーツの味わいさえ感じる一品。


最後に、“Bricco dell’Uccellone”(ブリッコ・デル・ウッチェローネ)2006年。
バルベーラ種100%。酸味どころかしっかりとした味わいで、赤系フルーツ、スパイス、バニラ香さえ感じられます。熟成期間が一年以上で他のものより長く、10年以上おいてもしっかりとおいしく飲めると思います。


ここで試飲したワインは、どれも美味ながら、赤ワイン三本はどれもおススメ。

カジュアルに味わうのであれば、ブレンド種の“イル・バチャレ”で充分。“イル・バチャレ”と“モンテブルーナ”ともに11ユーロ。

“ブリッコ・デル・ウッチェローネ”になると34ユーロにもなってしまうので特別の日のワインにぴったり。


どれも日本に輸入されているそうです。(もちろんもう少し割高になってしまうようですが)


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ワインの数々

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