2008年08月29日

コルシカ島へ、ハードな旅。

8/13(水)
ジェノバから朝9:00出発の船(カー・フェリー)に乗り、約4時間45分でコルシカ島の北東部の町「Bastia」(バスティア)へ。

ジェノバは雨模様でしたが、バスティアに着いたときにはすっかり晴れ渡っていました。

ツーリスト・インフォメーション・オフィスに行って近くのキャンプ場を確認し、バスで10分くらい北に行ったところにある「Miomo」(ミオモ)へ。

ここは家族経営の小さいキャンプ場で、オーナーのおばあちゃんがとても感じがよく、イタリア語も通じたので楽でした。

ミオモのキャンプ場の近くには小さな食糧品のお店が1軒あるだけであとはピッツェリアが1軒、ビーチ沿いにホテルが経営しているカフェ・レストランが1軒くらいしかない、ちょっとさびれた感じの小さい町でした。こんなさびれたところでも、食料品やレストランでの食事代は割高でびっくりです。

私はキャンプをしたのが初めてだったのですが、意外と夜はテントの中は涼しくて寝苦しいということはありませんでした。それに軽量簡易テントは不器用な私でも簡単に組み立てることができました。ただ寝袋はかさばるので持参しなかったためお尻や背中が痛くなり困りましたが。。。

キャンプ場から2、3分のところに海がありましたが、石の海岸であまり好きにはなれず、ここで2泊した後にバスで南東部にある「Porto Vecchio」(ポルト・ベッキオ)へ移動することにしました。


8/15(金)
フランスではイタリア同様8/15日は祭日で、荷物の預かり場は休み。又、バスは午後の4時出発の1台しかないとのこと。この日は早朝から大風が吹き、荷物を持っての風をしのぎながらの時間つぶしとなりました。

途中で火事があり、遠回りをしたとはいえ、約2時間半で到着という予想をはるかに超えて、なんと3時間半もかかってポルト・ベッキオに到着。

遅くに着いたためにツーリスト・オフィスは閉まってしまい、どこにキャンプ場があるのかもわからず、町のホテルを何件かあたってみましたが、すべて満杯。

どうにか近くのキャンプ場を教えてもらったものの、日が暮れて道に迷ってしまい、やっとたどりついたときにはすでに夜10:00をまわっていました。

ほっとしたのも束の間で、この夜は大風のせいで寒く、厚手の上着でももってくればよかったと後悔。

夜中にこのあたりに住みついているらしい子猫がテントの中に入ってきてかなりびっくりしましたが、蛇かなんかじゃなかったから本当によかった。(ホッとしました。)


8/16(土)
ポルト・ベッキオは、高級ホテルが立ち並び、レストランやお店が軒を連ねている高級リゾート地。

本当はポルト・ベッキオから少し南にいったところにある美しい海岸(Plage de Rondinara)に行きたかったのですが、あいにく車がないといけないところで、断念。

かわりにポルト・ベッキオからバスで15分くらい北にいったところにある「Golfo di Sogno」(ゴルフォ・ディ・ソンニョ)というキャンプ場へ。

ここはかなり大規模なキャンプ場で、敷地内にビーチがあり、レストラン、カフェ、ミニスーパー、テニス場と施設が整っていました。

確かに海はミオモよりも青く透明できれいでしたし、砂浜の海岸でした。ただひとつの巨大リゾート村にいるようでどうもあまり好きになれませんでした。

8/17(日)
ここのキャンプ場は他と比べて割高で、ひどいことに車で来ていないのに車の駐車代まで一律料金だとかで徴収されたので、夕方になって8/15日に宿泊したもう一つ別のキャンプ場に移ることにしました。

ポルト・ベッキオのツーリスト・オフィスで入手したバスの時刻表に合わせて待てどもバスは来ない。。

キャンプ場の受付に戻って行って聞いてみたら、日曜日にはバスはないとのこと。ここの受付の人はあまり親切ではなく、しぶしぶタクシーを呼んでくれました。タクシー代は、予想通りに高く、10分少々の距離なのに17ユーロ以上しました。

8/18(月)
午前11時にポルト・ベッキオからイタリアのトスカーナ州にあるLivorno(リボルノ)行きの船があるという情報をツーリスト・オフィスからもらっていたのでさっそく港に向かいました。

ところが。。。どこをみてもカー・フェリーなんてないではありませんか!

港の案内オフィスで聞くと今はもう運行していないとか。

で、でも。。。ツーリスト・オフィスでパンフレットももらったし、その中にちゃんと時刻も記されているのに。。

ここのオフィスの人は、自分たちのミスじゃないから関係ないという感じでなんと冷たいことか。。。


怒り狂いたい気持ちを抑えて、どうやってイタリアに帰ろうかと思案した結果、一番南端にあるBonifacio (ボニファチオ)という港町からサルディーニャ島に渡る船が出ていることがわかりました。

ポルト・ベッキオからバスで20分くらいでボニファチオにつき、そこから船で1時間くらい(12km)でサルディーニャ島の北Santa Teresa di Gallura(サンタ・テレサ・ディ・ガルーラ)へ。

サルディーニャ島に着いたとたんイタリアに着いたという安心感でいっぱいになりました。ここからバスで2時間くらい(実際は途中事故があってかなり遅れましたが)でOlbia (オルビア)到着。

いよいよここの港からカー・フェリーでジェノバへ。夜10:00すぎに出発して翌朝7:00前には到着。

ジェノバからは行きと同じように電車に乗り2時間ほどでトリノに帰ってきました。

(総評)
やれやれ、今回の旅は、車を使わなかったのと8月のピークだったのにもかかわらず、ちゃんと下調べもせずに出かけたのがまちがいでした。あと、コルシカ島では物価がイタリアのほぼ2倍、トリノと比べるともっと高いかもしれません。食事代、バス代などすべて高い!

安心してコルシカ島の大自然を満喫したい方には車なしの貧乏旅行はあまりおすすめできません。

ツーリスト・オフィスがまちがった情報を観光客に提供しているのにはかなりびっくりしました。

コルシカ人のやや閉鎖的で人なつこいとは言えない性格を考えるとなおさらのこと、旅なれていない人にはきついかもしれません。素晴らしく美しい自然と海でいっぱいなのに。ちょっぴり残念です。

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高級リゾート地、ポルト・ベッキオのヨットハーバー。

2008年08月23日

ジェノバからコルシカ島へ

八月の中旬になって海に行きたくなりました。

いろいろ考えた挙句にまずはジェノバに行って、そこから船でコルシカ島にいくことにしました。

私たちは経費節約のため、持ち歩きができる軽量テントを購入し、公共交通機関を利用して出かけることにしました。

トリノから電車で約2時間でジェノバ着。中世には海洋王国として栄えた町ですが、今でも港湾都市として知られています。

まずはユネスコ世界遺産に登録されているジェノバの中心地の散策をすることにしました。

地下鉄の「De Ferrari」(デ・フェラリ)から「Via Garibaldi」(ガリバルディ通り)へ。この通りにはジェノバの貴族の豪邸が建ち並び、それらのいくつかは市庁舎、美術館、銀行として使われています。

その後で迷路のような小道を歩いて回り、市の中心にある「Palazzo Ducale」(ドゥカーレ宮殿)と「San Lorenzo」(サン・ロレンツォ教会)を見て一休み。

ここから歩いて港へ。ジェノバ水族館(入場料16ユーロ)を通り過ぎるとコロンブスが新大陸を発見に出かけたときに使われたといわれる復元船が停泊し、5ユーロで中を見学。

ジェノバは、港から陸に向かって小高い丘の上にたくさんの家が立ち並び、背後に山が迫り、神戸に似ていると思いました。

さてこの日のクライマックスの夕食です。

バジリコを使ったペースト・ジェノベーゼであえたパスタをも・ち・ろ・ん食べました。
今ではイタリアのどこにいてもおいしいペーストを買うことができるということですが、いつもよりもずっとおいしいと思ったのはやはりジェノバで食べたからかもしれません。

さて、翌朝には船でコルシカ島へ向かいます。(次回に続く)

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ジェノバの港で。

2008年08月21日

夏の果実

イタリアでは八月に入ると会社や商店、レストランやバールまでが夏のバカンスでお休みというところが多くなります。それでもスーパーや屋外のメルカートは営業していて食べるものに困るということはありません。

イタリアで新鮮な野菜や果実を買い求めるのには、やはり何といってもメルカートが一番です。おまけに値段も割安。

メルカートはだいたいが午後1時くらいで終わってしまうので、午前中早めに買いにいくのがおすすめです。

さて、晴れた暑い日に近所のメルカートに買い物に行きました。

野菜や果実を売っているいくつかの屋台のうちのひとつでかなりの人だかりができていたので、私も足を止め、じっくりと観察してみました。

果実は、桃が2種類。イタリアでは、皮がやや硬めで中が黄色い桃と、皮が柔らかくやや毛羽だっている桃をよく見かけます。両方とも少し熟れてくるとさらに甘みが増しておいしいです。

その他、プラム(赤色のものと黄色いもの)、スイカ(縦長のかなり大きいものと小ぶりのものがありますが、多くがスペインなどからの輸入品とのこと。)、メロン、ぶどう(うす黄緑色のものと紫色のもの。両方とも粒が大きめで、種が少なく、皮ごと食べます。甘くておいしいです。)などが、夏の季節の果物の代表といえます。

野菜に関しては、ほとんど一年中どんなものでも手に入りますが、夏の料理に多く使われるのは何といってもトマトやナス。

トマトに関しては、ソース用とサラダ用の2種類の用途によって種類が異なります。

日本と違うのはピーマンの色と大きさ。こちらでは、「ペペローネ」とよばれ、黄色と赤色の2種類があり、大きさは日本のピーマンの2倍か、それ以上のものもあります。

日本ではあまり見かけませんが、こちらではよく食されているものに、「フィノッキオ」とよばれているセリ科の野菜があります。日本語ではウイキョウとよばれています。

さて、ここの屋台の話にもどりますが、私もここの品の新鮮さと安さが気に入り、黄桃、ぶどう、スイカにトマトを買うことにしました。

2、3枚写真を撮っていたところ、屋台の人が気づいて、私が日本人だというと、「あー、日本人は写真撮るの好きだからね。」と言われてしまいました。

ま、確かに欧米人と比べれば好きかもしれないけれど。。。

私は思わず「インターネットのサイトにあなたの屋台の写真を掲載します。」と話したところ、そのサイトのアドレスを教えてほしいとまで言われました。

日本語のサイトと知って残念がっていましたが、とても人なつこくて感じのいいアラブ系移民の人たちでした。

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メルカートの野菜と果物

2008年08月18日

北京五輪 ロードレースの結果

期待していた北京五輪の自転車競技。
日本人選手がどこまで食い込めるか?

ロードレースは結果的に世界との差を見せつけられ終わりましたが、自転車の文化が日本に根付いて欲しいと思う私はまだまだ始まったばかりと思っています。

ただ、大きく牽引役になるスター選手が出てきて欲しいとは思います。今回の五輪で言えばフェンシングの太田選手のように。スターの存在は世間へそのスポーツの浸透させるに大きく影響しますし、その後に続く世代の人に希望を持たせることになりますから。

さて、注目のイタリア、ダビデ・レベリン選手は銀でしたね。
正直今回のオリンピックは開催側が大丈夫なのか?と思っていました。
マラソンでは北京大学構内では狭くてカーブが多いなど、コース設定が問題視されてましたから。
幸いコースには大きな問題もなかった(あくまでニュース報道の範囲)ようですし、今回のロードのコースは難易度で言えばそれほど厳しいコースでもなく、あとは各国の選抜選手の相性次第と思ってました。ただ、いずれの国もずば抜けて優位性があるとも思えなかったので、イタリアの金もかなり確率的には高いと思っていました。

しかしながら、結果的にはスペインでしたね。スペインは8月後半にブエルタ・ア・エスパーニャが迫ってるので、どこまで本気でくるかとは思ってましたが金取っちゃいました。レースはレース最終的には下駄を履くまでは分からないということですね。

2008年08月11日

ローマの休日

トリノ大学の外国人向けイタリア語の集中夏季講座が終了後、ローマにいる友達の写真の展示会を見に行く目的で、7月末から2泊3日でローマに行ってきました。

お金を節約するため、トリノからの電車ローマ行きの直行(インターシティー・プラス)に乗り(ミラノで乗り換えるという方法もありますが、割高です。又、ユーロ・スターの直行だと6時間くらいで行きますが、やはりこれもインターシティー・プラスより割高です。)

トリノのポルタ・ヌオーバという駅からなんと7時間少々かかってローマのテルミニ駅に着きました。

電車では途中、コンパートメントの冷房がきかなくて乗客が文句タラタラ。車掌が思い余って、冷房がよくきいている他の席を乗客に教えてくれましたが、そんなことをしている間に、冷房がききだしたのでまずは一安心。

今回は先のイタリア語講座で知り合った台湾人の女の子(スーちゃん)とそのマンマ(お母さん)がローマに来るというので、いっしょに宿泊することにしました。

というのも一人でホテルに泊まるとユーロ高のせいもあって宿泊代もばかになりません。

たまたまインターネットでかなりお得なB&Bを見つけました。テルミニ駅から10分少々歩いたところにあるB&B Domus Diana。なんと一部屋65ユーロで、3人で宿泊したので一人一泊約22ユーロ。(ただし、8月になったとたんに突然値段が上がったようです。他にも安そうなところがたくさんあるので、興味のある方はVenere.comのサイトをご覧ください。)

私は先にローマに着いたので、テルミニ駅のすぐ近くの別のホテル(B&Bのオーナーの父親が経営している)でチェックインし、宿泊代を現金で払ってから、案内人につられてB&Bへ。

19世紀初頭の建物の4階にあるこのB&Bは、ベットルームが2部屋あるアパートといった感じ。

周りは比較的静かで、レストランやバール、スーパーなどもあり便利なところ。

オーナーはここに寝泊まりしていないので、宿泊客が自由にキッチンを使い、置いてあるパンやヨーグルト、コーヒーなど好きに食べたり飲んだりできます。

1泊目は私たち3人だけだったので、まさにだれかのアパートに滞在している感じ。

入口の門の鍵、エレベーターに乗るところの鍵、アパートに入るときの鍵、自分たちの部屋の鍵と、鍵だらけで最初は使い方がよくわからず、出入りに時間がかかりました。

B&Bの紹介はこのくらいにして、スーちゃんとマンマが到着し、この日の夜は、3人で、カラカラ浴場跡にある野外オペラを見に行きました。

この日の夜は、「Madama Butterfly」(蝶々夫人)だったせいかかなりの人混みでした。

野外オペラは、劇場内でのオペラと比べると割安(インターネットで購入し、2等席くらいで57ユーロ)なのと、人の服装もカジュアルOK、音に気をつければ飲み物OK、写真をとるのもOKで、気楽に見れるオペラとして十分に楽しめます。

おまけにローマ時代の浴場跡というのもユニーク、ミステリアスで、なかなか普段では味わえない雰囲気。

翌日は、ゆっくり起きて3人で朝食を摂り、暑いローマの町へといざ出陣。とは大げさながらもかなりの暑さ。

B&Bからはコロッセオやベネツィア広場に歩いていける距離だったので、まずは、友人が開催している写真展へ。

ベネツィア広場のすぐ隣にある小さい広場の入り口付近で写真展が開かれていました。

彼が2年前に日本を訪れたときに撮影した白黒写真が展示されていて、日本人の日々の生活をイタリア人の見る角度で撮影した印象に残る作品の数々でした。

その後私たちはベネツィア広場から階段を上ってカンピドーリ広場へ。フォロ・ロマーノを上から眺めて、次にはトレビの泉、そしてスペイン階段まで歩き続けました。

あまりの暑さでクーラーがついているカフェにでも入らないと水を飲み続けているだけでは耐えられない状態でした。

しかしどこを歩いていても外国人観光客でいっぱい。

イタリア人は地元の人以外は、こんなに暑くて混んでいるローマにはまず行くことはないのでしょう。
イタリア人にとっての夏のヴァカンスはやはり、海や山でのんびりと過ごすのが定番。

さて、私たちはコンドッティ通りにあるカフェ・グレコへ。

高くて観光客、とくに日本人が好きなカフェ。確かに私たちが注文した、生クリーム付きのカフェ・グラニータ(なめらかな舌ざわりのかき氷)は値段が高く、なんと12ユーロもしました。

しかし、昔の芸術家も訪れたといわれるアンティークなカフェで、奥のサロンの壁にかかった絵画や写真など一見の価値はあります。上品な雰囲気と涼しいサロンでいただくカフェ・グラニータ。

体が少しは冷えた後で、スーちゃん&マンマと別れ、私はこの界隈のウィンドウ・ショッピング。とはいえ、この暑さ(なんと42度にまでなった)となれない靴で足が痛くなり、夕方B&Bに戻った時にはかなりグッタリでした。

スーちゃんとマンマは2晩続けてオペラを見る予定にしていましたが、この暑さのせいか、スーちゃんは体調を崩し、この日の夜のオペラには行けないということで、私がマンマを連れて昨晩と同じカラカラ浴場跡に行くことになりました。

この日の演目は「Lucia di Lammermoor」(ランメルモールのルチア)でした。

ストーリーはオペラ大好きのマンマに説明してもらい、席は昨日よりはずっと舞台に近く、各場面で歌われた歌曲が素晴らしかったせいもあり、オペラに素人の私でも感激したくらいです。

こうしてローマでの短い滞在は終わり、私たちは翌朝、テルミニ駅で別れました。彼女たちはアッシジ、フィレツェと旅を続け、私はフィレンツェを経由してトリノに夜帰りました。

今回は、節約旅行ながらもオペラを二晩に亘ってみることもできたちょっぴり優雅な暑~いローマの休日でした。

正直言って、トリノの朝晩の涼しさに慣れてしまっていたので、あのほとんど一日中続く猛暑はどうにも耐えられない程でした。やはり、ローマフィレンツェは秋か春に行くに限ります。


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カラカラ浴場跡でのオペラ、蝶々夫人。

2008年08月10日

シューマッハの挑戦

F1で7度のワールドチャンピオンに輝くミハエル・シューマッハ。


今でもフェラーリでテストすることもあるようですが、
最近はすっかりバイクレースにはまってるようです。
しかも、今度はバイクの耐久レースに参加するようです。


天は二物を与えずといいますが、彼はそうでもないのでしょうか?
今後の成績が楽しみですね。

しかし、今年のF1はチャンピオン争いがおもしろいですね。
日本に来るときにはどうなってることやら。

2008年08月04日

マッジョーレ湖

7月20日、日曜日。

一週間前の日曜日にいく予定が、雨の予報があるからといって一週間遅らせて出かけることになりました。前回ご紹介したトリノ大学の外国人向けイタリア語のコースの中に組み込まれている観光の一つです。

さてこの日はややうす曇りながら雨にはならず、カンカン照りでもなく、観光にはもってこいの一日になりました。しいていえば、うす曇りのせいで湖の色が真っ青にはならなかったのが残念です。

地図でマッジョーレ湖を見ると、ピエモンテ州とロンバルディア州の境界にまたがっていて北上するとスイスとの国境に接しますが、湖の大半がイタリア領です。

チャーターバスでトリノから北東方向におよそ2時間でマッジョーレ湖畔の町ストレーザに到着。このストレーザの船着場から、湖に浮かぶ三つの小さな島に船で渡ることができます。

又、この町は湖畔にそって高級ホテルや別荘が建ち並び、優雅な趣を呈しています。

私たちは湖に浮かぶ三つの島(ベッラ島、ペスカトーリ島、マードレ島)のうち一番ストレーザに近いIsola Bella (ベッラ島、美しい島という意味)に船で渡りました。

小さな島全体がボロメオ宮殿とその庭園で占められ、ここに入るのに8.50ユーロかかりましたが、見る価値のある宮殿と庭園でした。

もしここを見学しないとあとは湖で泳ぐか(といってもほんの小さな一角だけが泳ぐのに適していて、泳いだ人を見るとかなりの遠浅でした。)、ほんの少しのおみやげやかカフェなどで時間をつぶすしかありません。

さてこのボロメオ宮殿ですが、かつてはナポレオンも滞在したことがあるようで一枚の絵の中に彼の姿がありました。

圧巻なのは洞窟のようないくつもの部屋があり、壁と天井が貝のモザイクで飾られていることでした。

宮殿に続く洞窟を抜けるとバロック庭園が広がり、花が咲き誇り、白い孔雀がゆっくりと歩いては奇妙な声で鳴き、散策に飽きることがありません。

湖に面して広がる美しい庭園。又この時季はアジサイがみごとです。美しい島とよばれる所以は、すべてこの宮殿と庭園にあるといえます。

私たちは庭園の中のカフェで一休みしたあとで、名残惜しくこの庭園を後にしました。

一度は見る価値のあるマッジョーレ湖の中のベッラ島への日帰り観光でした。


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ベッラ島の見事な美しさを誇る庭園