2007年12月16日

悲しみのポンペイ遺跡 その2

ポンペイ遺跡について、前回の続きを書きます。

 (前回の記事はこちらです)
  ■悲しみのポンペイ遺跡 その1


なぜ約2000年前もの当時の古代ローマの都市と人々の生活ぶりがこんなにも詳しくわかることになったのか説明していきたいと思います。




西暦79年8月24日に、古代ローマの都市ポンペイは、ヴェスヴィオ山の噴火により滅亡したのです。わずか19時間の出来事だったとのことです。


火山による火山灰・火砕流であっという間に都市を覆い尽くしてしまったのです。


そしてこの火山による噴出物が一瞬にしてポンペイを覆ってしまったために、当時のポンペイをタイムカプセルのように保管していたのです。


また、保管されてから1700年間埋まったままで発掘されなかった点も、保管状態を良好にした要因の一つです。


ここで自分が驚き悲しくなったのは、当時の人々が火山の噴出物から逃れきれず、家族や愛する者と抱き合いながら亡くなっていった事実を目の当たりにしたことです。


実際にこの情景が、今現在、自分の目で見ることができるのです。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

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