2007年12月10日

悲しみのポンペイ遺跡 その1

ポンペイ遺跡は、イタリア南部のナポリ近くにある古代都市遺跡です。イタリア地図の長靴でいうと、インフロントキックするところの少し上、すねの少し下、ちょうど足首あたりです。伝わるでしょうか?


ポンペイは今から約2500年前~約2000年前に存在していました。紀元前から存在していました。日本でいうと縄文時代や弥生時代の頃です。


その時すでにポンペイでは、碁盤目状に通りがあり、道路は石で舗装され、車道と歩道とが区別されていました。市の中心には広場もあり、計画的に設計された都市でした。


当時はぶどうの産地でもあり、ワイン醸造を営んでいたとみられ、港を活かした貿易都市で大変栄えていた様子です。貿易商業都市であるということで、商人向けの娼婦館のような施設もありました。

上下水道もあり、給水塔を利用した鉛製の給水管でもって街の隅々まで給水されていました。

神殿・公会堂・投票所・円形闘技場・公共浴場なども建てられていました。

パン屋さんもありました。


日本の歴史を学んだ日本人として、縄文時代・弥生時代からは想像がつきませんね。


でもなぜここまで詳細に2000年前の人々の生活がわかったかというと、それはとても悲しい出来事があったからです。


(この文章はイタリアへの回想からプチ留学を目指しているワンワンが執筆しています)

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