2007年11月29日

イタリアの歴史061帝政ローマ18(五賢帝時代)

先帝ハドリアヌスの養子となり後継者となったのが、
アントニヌス・ピウスです。

 ピウスは元老院から贈られた「敬虔な」という意味の尊称。

ハドリアヌスの信任が厚く、要職を歴任した後、
早世した後継者の後に、妻の甥の遺児2人を養子とすることでした。

 この2人は後に皇帝となります。

138年7月11日にハドリアヌスの後を継いで即位します。

このハドリアヌスは長くローマを不在にしたため、
元老院から不満の声が上がり、記録抹消刑に処されるところを、
アントニヌスが必死に止めたというのが、彼の最初の実績です。

 ピウスの尊称が贈られたのもその高潔な態度からと言われます。

彼は、先帝への不満を反面教師とし、
ローマを不在にすることは無かったのですが、
それが周辺蛮族の発展を許し、後世への禍根を残したと言えます。


参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「五賢帝」「ハドリアヌス」「アントニヌス・ピウス」の項


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