2007年11月12日

イタリアの歴史058帝政ローマ14(フラウィウス朝3)

81年に兄ティトゥスの後を継いだのが
ドミティアヌスです。

彼の治世は最初は穏健に始まりましたが、
次第に、キリスト教徒やユダヤ人などを迫害して暴虐となり、
そのために、死後、元老院から「記録の抹消」をされています。

 ※「記録の抹消」とは、元老院の皇帝弾劾のシステムで、
  この刑に処せられることは極めて不名誉なこと。

  具体的には、皇帝の像の破壊、あらゆる公式記録、
  碑文、通貨からの名前の消去、
  その皇帝の子孫は末代にいたるまで、
  「インペラトル」を名乗る権利を剥奪。

元老院議員や騎士階級の者を度々告発して死刑にしたり、
貴族階級に公然と敵意を示し、
元老院の決議をしばしば無効にしたことなどが、
彼の低い評価につながっている。

強いて言うなら、ライン川防衛線と
ドナウ川防衛線の間をつなげるゲルマニア防壁の建設でしょうか。


彼の最後は、元老院議員や元側近によって計画された暗殺で、
96年に自邸内で殺されています。


彼には跡継ぎがいなかったため、
元老院によって次の皇帝が指名されました。


傲慢な行いをすると、必ず周囲の反感を買い、
不幸な最期を遂げるんですね。。。


参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「フラウィウス朝」「ドミティアヌス」の項


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