2007年10月15日

ノリックの思い出

”ザ イタリアンパワー イン モータースポーツ”

2007年10月7日 GPライダーだったノリックこと阿部典史が公道での事故で他界しました。
享年32歳。若い命が交通事故で奪われるのはいたたまれません。

ですが、湿っぽくなるのはノリックも喜んでくれないと思うので、ここは明るくノリックの思い出をつづりましょう。

ノリックのお父さんはオートレースのライダー。なので、ノリックも幼少のころからバイクに慣れ親しんでたんですね。15歳の時に渡米して、半年間、ダートトラックやモトクロスで修行、帰国後ロードレースに参戦しました。

1993年、全日本500CCクラスに初参戦で、チャンピオン獲得。このとき、まだ18歳ですぜ。1993年は、日本での500CCクラス最後の年。最年少で最後のチャンピオンになったんですわ。

こりゃあ、たまげました。バリ伝の現実化だぁ~~。

翌年1994年、WGP第3戦、鈴鹿で行われた日本GPにワイルドカードでスポット参戦。
実は、ワタシ、このレースを鈴鹿で見ていたんですよ。2コーナーからS字に入るあたりで。

これ、うわははははぁ、すんげえレースだったんだぜぇ~い。
いきなり下品な言い回しですが、本当にすごかった。

当時は、アメリカのケビン・シュワンツやオーストラリアのミック・ドゥーハンなどがバリバリに活躍していた時代。

ノリックは、シュワンツやドゥーハンとトップ争いを繰り広げていたのだ~~~~!!!!!!!
日本人の、まだ10代の若者が、世界のトップライダーと互角に戦っているのだ!!!!!!!

抜きつ、抜かれつ。失うものの何もないノリック。これが自分を世界にアピールする最大のチャンス。
攻める攻める。

シュワンツやドゥーハンは、「巻き込まれちゃやべえっ」てんで、引くときゃ引いてたもんな。
これからまだ先のあるワールドチャンピオンを狙っているヤツらだから、下手に接触してクラッシュ、怪我でもしたら目も当てられない。
「トンでもねえヤツにからまれちゃったよ~~」てな心境じゃなかったろうか。

こちとら、血圧200mmHG、体温40℃、心拍数150、怒髪天をつくような興奮。
目の前をつきにけるたびに「ノリックー!!!!!!!」 「いけーーーーー」の絶叫の嵐。

鈴鹿サーキット自体が興奮のるつぼと化す。


ノリックを含むトップグループがグランドスタンド前を通過してきた。
きたきたーーー!!!!いけいけーーーーー!!!!


と、目の前でとんでもない光景が炸裂した。

「「「「ノリック 転倒ぉぉぉぉぉぉぉ」」」」


1コーナーからエスケープゾーンに向けて、ノリックのマシンとノリックが一直線に転がってゆく。

「うわぁぁぁぁぁぁーノリックぅぅぅー 大丈夫かぁぁぁぁぁぁー!!!????」

ワタシの心臓はわしづかみにされたようにきゅうぅぅぅっと締め付けられた。
ワタシの顔面は蒼白となり、背中につめたいものが滴り落ちる。

エスケープゾーンをもうもうと砂埃を巻き上げて突進するホンダNSR500。
その後を追うように転がってゆくノリック。

フェンスに激突したNSR500が5mも宙を舞う。その運動エネルギーのすさまじさ。
そして、約150kgもの車体が落下する。

しかし、砂埃にさえぎられて良く見えない。
確か、ノリックもあの近くに転がっていったはず。

「!!!!!!!! ノリック、まさかNSRの下敷きになってねぇだろうな。大丈夫だよな???????」

不安がワタシの心をよぎる。


しかし、砂煙の中からすっくと立ち上がり、観客に手を振るノリックの姿があらわれた。

よかった、本当によかった。無事だったんだーーー。
いやーこの日はハッピーエンドでよかったよかった。ノリック最高だぜー。

いやぁ、本当に衝撃的な日だった。歴史の目撃者になったワタシ。

ちなみに、TV放映では、宙を舞うNSRは写されておらず、転倒、クラッシュの激しさは鈴鹿にいたワタシたち以外は知らないのだ。TVでは、単なる転倒にしか見えないのであった。

ところでこのレース、誰が勝ったか記憶にないワタシであった。


で、この日のレースがウェイン・レイニーの目に留まり、その年2回チームレイニーからヤマハでWGPにスポット参戦。翌年1995年からフル参戦することになったのです。

1996年の日本GPでは、WGP500CCクラスで優勝。日本人のWGP最高峰クラス優勝は、片山敬済の1982年のスウェーデンGP優勝以来の快挙でした。

イタリア人の現役GPライダーで、5回ワールドチャンピオンに輝いているバレンティーノ・ロッシもノリックの大ファンで、1994年の日本GPのビデオを朝学校に行く前に何度も見ていたそうです。


文責:イタル山本:若かりしころ、イタリア留学を夢見るも果たせず。90年代後半をニューヨークで過ごし、その間結婚、新婚旅行イタリアならぬ日本の温泉。その後アメリカで生まれた子供と3人で、イタリア旅行を果たした。F1やWGP好きのオヤジである。

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