2007年10月09日

イタリアのエンジンを積んだブラバムBT48

”ザ イタリアンパワー イン モータースポーツ”

さて、前回はBT46のお話でした。

BT46は、サイドラジエターをやめたり、プロペラマシンが出たりと、当初の思惑通りに結果が出ませんでした。だけど、F1業界、日々いろいろなチャレンジをするんですよ。

チャレンジなくして、上位進出はない。

さてさて、その翌年、1979年はBT48をラウンチ。

これ、アルファロメオのフラット12をV12にして、ウイングカー化したマシン。前にも書いたように、フラットエンジンつまり、水平対向エンジンは幅が広くて、グランドエフェクトを有効に発生させるための、車体下面のデザインが出来ない。なので、V型にエンジンを作り変えることで対応したわけです。

アルファも頑張ったんですね。この時代、ウィングカーでなきゃ勝てないから。
昔は、みんなフォードDFVエンジンを使っていたんで、もっぱらコンストラクターが車体ばっかり作っていたんだけど、やっぱり車体(シャシー)とエンジンのコンビネーション、パッケージというのも大事なんですよね。アルファもそれを身をもって感じたんでしょうね。パワーだけじゃ勝負できないって。

このBT48、ウイングカーになって、サイドポンツーンでダウンフォースを得るわけで、フロントウイングがありません。フロントウィングとって空気抵抗を落としても、十分なダウンフォースを得られる、という考えですな。

しかし、成績はぱっとしなくて、ニキ・ラウダをもってしても中段にしかいられません。
結局、ニキ・ラウダはこの年をもって、F1を引退してしまうんですわ。
(ただし、後にマクラーレンでニキ・ラウダは復帰、3度目のワールドチャンピオンになっちゃうんだよね。とんでもない男です。)

で、この年のカナダGPから1980年、ブラバムはアルファロメオのエンジンをやめて、FORDコスワースDFVに変えました。

翌年1980年は、BT49に進化。軽量、コンパクトなエンジンで、グランドエフェクトも有効に使えることから、パフォーマンスは上がりました。ネルソン・ピケが優勝もしています。エンジンパワーはアルファロメオより劣るけど、マシン全体としては早い車になったということです。

この時代は、エンジンパワーが物を言わない時代だったんですね。


文責:イタル山本:若かりしころ、イタリア留学を夢見るも果たせず。90年代後半をニューヨークで過ごし、その間結婚、新婚旅行イタリアならぬ日本の温泉。その後アメリカで生まれた子供と3人で、イタリア旅行を果たした。F1やWGP好きのオヤジである。

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