2007年10月24日

イタリアの歴史055帝政ローマ11(内乱期4)

内乱期3人目の皇帝ウィテリウスに対して、
着々と足場を固めていたのが、
シリア属州でユダヤ人の反乱軍と交戦中だった、
軍司令官ウェスパシアヌスでした。

彼はシリア総督ムキアヌスの支援を得て、
皇帝としての第一歩を踏み出します。

やがて彼を支持する軍団が増え、また、
ローマ帝国の食料生産の半分を担うと言われた
エジプトを支配することでローマ全体の食を支配します。

オリエント一帯を安定させたウェスパシアヌスは、
ムキアヌスの一軍をバルカン半島からローマ攻略に向かわせます。

しかし、ムキアヌスが異民族の侵入に対処するため
ダキアで進軍を止めている間に、
ウィテリウスに恨みを持つ
マルクス・アントニウス・プリムスの軍団がローマを占拠し、
ウィテリウスを殺してしまいます。


その後、ムキアヌスがローマへ無血入城を果たし、
パックス・ロマーナ(「ローマの平和」)の復活を宣言し、
最後にウェスパシアヌスが皇帝としてローマに入り
五賢帝時代までの間、フラウィウス朝と言われる王朝が始まります。

 フラウィウス朝はアウグストゥスの血統とは無縁でしたが、
 ウェスパシアヌスの善政はローマ市民の
 心からの歓迎を受けたようです。

いつの時代も、きちんとした政治を行う
リーダーが求められているんですね。


参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「内乱期(68年-69年)」「フラウィウス朝」の項


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