2007年10月18日

イタリアの歴史054帝政ローマ10(内乱期3)

内乱期2人目の皇帝オトを破ったウィテリウスは、
そのままローマへと入城します。

各軍団の支持を取り付け、
その強大な軍事力を背景としたウィテリウスに対し、
元老院は為す術はありません。

帝位を与えることを即座に認めました。

しかし彼は帝位就任後に、
どのような政治を行うかという明確な方針が無く、
結局、ウィテリウス自身が新たに定めた法律は
一つもありませんでした。

それでも行政面での問題が少なかったのは、
前の世代の人材が随所で活躍していたお陰だと言えます。


当初は動揺もあまり無かったローマも、
次第に治安が悪化し、市民の不信感も募っていきます。

原因としては、ウィテリウスが連れてきた
ゲルマニア兵の素行の悪さや、
前皇帝オトの命令に忠実に従っただけの
軍団兵を処刑したことなどです。

そんなローマの窮状を見て、
新たに帝位に名乗りを上げる者が出ます。

明確な政策を持たないリーダーを持つと、
国民は困りますよね。


参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「内乱期(68年-69年)」の項


イタリアに留学するなら、
イタリアの歴史について学んでから行った方が、
何倍も楽しめますよ!

留学中に各地の世界遺産や歴史的建造物、
美術品を見て回る時に、
役立つような内容を毎回書いていきます♪

trackbacks

trackbackURL:

comments

comment form

(イタリアドットアクセス~イタリア留学を支援する情報サイト にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

comment form