2007年10月12日

イタリアの歴史053帝政ローマ9(内乱期2)

内乱期1人目の皇帝ガルバがピソを後継者に指名した5日後、
オトは二人を殺して皇帝に即位します。

彼が皇帝に即位する前から、ガルバに対して不満を持ち、
進軍を始めていたゲルマニア総督ウィテリウスは、
ゲルマニア軍団を率いてローマへの進軍を続行します。

ウィテリウスに比べて弱体な軍しか持たないオトは、
ローマ最前線の守りを担うドナウ軍団を呼び戻し、
ウィテリウスと戦います。

オト軍は緒戦に負けてしますが、
誰もこの敗北がこの戦いを決するものとは見ていなく、
まだ挽回する可能性が残されていたにもかかわらず、
オトは自殺してしまいます。

ローマ市民間のそれ以上の流血を回避するため、
戦いの早い段階で自殺したオトに対して、
多くの市民の感嘆を得たと言います。

 『ゲルマニア』や『年代記』などの著作がある
 古代ローマ最大の歴史家とされるタキトゥスは、
 その死に様について、カエサルよりもカトーよりも
 偉大と述べているようです。


「物事の見極め」と「引き際」が肝心ですね!


参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「内乱期(68年-69年)」の項


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