2007年10月06日

イタリアの歴史052帝政ローマ8(内乱期1)

68年に第5代皇帝ネロが自殺すると、
翌69年には4人もの皇帝が入れ替わり即位しました。

 ローマでは「四皇帝の年」と言われるようです。


1人目はタラコネンシス属州総督でもあったガルバ。

彼は元老院からの要請を受けてローマへ行くが、
自身を支持しない地域に罰金を科すなどして支持を失い、
ローマ帰還後は、ネロの改革を無効とし、
重要人物の支持を失った上、陰謀を恐れるあまり、
元老院議員なども処刑するようになります。

やがてガルバは自身の支持基盤の弱いことを自覚し、
人格者として知られたピソを養子にして後継者と発表します。

しかし、これに落胆したのが、
一貫して彼の協力者であったルシタニア総督オトでした。


いつの時代も後継者選びは難しいようですね。


参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「内乱期(68年-69年)」の項


イタリアに留学するなら、
イタリアの歴史について学んでから行った方が、
何倍も楽しめますよ!

留学中に各地の世界遺産や歴史的建造物、
美術品を見て回る時に、
役立つような内容を毎回書いていきます♪

trackbacks

trackbackURL:

comments

comment form

(イタリアドットアクセス~イタリア留学を支援する情報サイト にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

comment form