2007年09月09日

マルコ・パンターニ

サイクルロードレース界のイタリアの英雄と言えば、マルコ・パンターニです。

彼の最高の戦績は1998年のダブルツールです。パンターニが成し遂げたのを最後にダブルツール達成者は現れていません。

※ダブルツール
同一年に「ジロ・デ・イタリア」と「ツール・ド・フランス」の2つのグランツールに優勝すること。

稀代のクライマー(山登りのスペシャリスト)として、山岳ステージで多くの名勝負を演じています。

ツール・ド・フランスの名物峠ラルプ・デュエズでは、1997年に最短登坂記録を打ち立てました。未だに破られていません。

ジロ・デ・イタリアでは、彼の功績をたたえて2004年から「チマ・パンターニ(パンターニの山)」を設定しています。毎年沿道には彼のイラストや横断幕を掲げたファンでにぎわいます。

1999年から彼の人生が狂いはじめます。

ジロ・デ・イタリア2連覇を果たす寸前、メディカルチェックの結果により出場停止となりレースから追放されました。

後に裁判でドーピングについては無罪となりましたが、結局最後までドーピング疑惑に苛まれることになります。

サイクルロードレース界におけるドーピングスキャンダルの根は深く、今年のツール・ド・フランスでも、総合トップのラスムッセンや優勝候補筆頭のヴィノクロフがレースから追放されたのは記憶に新しいところです。

マルコ・パンターニは、2004年2月14日、34才の若さで急死しました。

ドーピングスキャンダルのスケープゴートにされたとの思いが強かったようです。

失意からコカインに手を出しコカイン中毒により死亡。栄光から地獄へたたき落とされた終末ですが、今でもイタリアの英雄として愛されています。

trackbacks

trackbackURL:

comments

comment form

(イタリアドットアクセス~イタリア留学を支援する情報サイト にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

comment form