2007年09月30日

イタリアの歴史051帝政ローマ7(暴君ネロの死)

60年代の妻や側近への自殺の強要、
64年のローマ大火とキリスト教徒迫害、
こういったことから、次第にネロは暴君と見られるようになります。

そして68年、属州で反乱が勃発し、
ついには元老院で「国家の敵」としての宣告を受け、
ネロは自殺します。

彼の死によってユリウス・クラウディウス朝は断絶し、
ローマは戦乱の時期を迎えます。

最後にネロの人となりを表すエピソードを簡単にご紹介します。

・オリンピア競技に出場し、大胆な不正を行い優勝。

・かなりの宝石マニアであったらしく、
 おびただしい宝石で身の回りを飾り立てる趣味があったようです。

・無類の鳥類マニアでもあり、
 特にオウムやインコの類いに目がなかったようです。

  飽きてしまうと殺し、食べてしまったようですが。。。

参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「ネロ」の項


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