2007年09月06日

イタリアの歴史047帝政ローマ3(アウグストゥスの後継者)

紀元2年、アウグストゥスは元老院から
「国家の父」(pater patiae)の称号が与えられます。

ここにアウグストゥスは皇帝としての権威を確立したのです。


彼はその権力が確固たるものになると、後継者問題に取り組みます。

彼には前妻との間にもうけた一人娘ユリアがいました。

彼女を一度、姉の息子に嫁がせますが、
やがて彼が亡くなったため、自身の腹心アグリッパと再婚させます。

二人の間には後継者候補が生まれますが、
候補となっていた二人は相次いで亡くなってしまいます。

そこで紀元4年、その子(アウグストゥスの孫)の
末子アグリッパ・ポストゥムスと、
血のつながりは無いものの、妻リウィアの前夫との子で、
名門クラウディウス家の後継者ティベリウスを養子とします。

やがてアグリッパ・ポストゥムスは性格上の問題で追放され、
ティベリウスが明確に後継者とされました。

しかし、アウグストゥスは自分の血筋にこだわっていたとされ、
アグリッパ・ポストゥムスを死の直前に極秘に訪問したとされます。

 いつの世でも、やはり「自分の血筋に後を継がせたい」
 という想いはあるんですね。


紀元14年、アウグストゥスは体調不良で崩御します。

その最後の言葉は、
「私は人生という喜劇を演じきった。
 私を喝采で送ってくれ」であったと言います。

彼の遺灰はアウグストゥス廟に葬られ、
彼はやがて神格化されていきます。


参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「アウグストゥス」の項


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