2007年07月14日

イタリアの歴史038共和政ローマ31(ポンペイウスの死)

前49年に2回目の執政官に当選したカエサルは、
軍を率いてポンペイウスのいるギリシアへ向かいます。

数で劣るカエサル軍は、
一度はポンペイウス軍を包囲しようとして失敗しますが、
前48年のファルサルスの戦いでは優れた戦術により圧勝します。

敗れたポンペイウスはエジプトに逃亡を図りますが、
プトレマイオス朝の都、アレクサンドリアに上陸しようとした際に、
プトレマイオス13世の側近の計略により、
迎えにきた船上で殺害されます。

その数日後、後を追いかけてきたカエサルが
アレクサンドリアに到着します。

そこでポンペイウスの死を知ったカエサルは、
軍勢を伴い上陸します。

イタリアに留学するなら、
イタリアの歴史について学んでから行った方が、
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留学中に各地の世界遺産や歴史的建造物、
美術品を見て回る時に、
役立つような内容を毎回書いていきます♪

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