2007年06月20日

イタリアの歴史034共和政ローマ27(スパルタクスの反乱・後)

前73年、剣闘士養成所から脱走した
トラキア人のスパルタクスは同調した奴隷たちと、
ナポリ近郊のヴェスヴィオ山のカルデラに逃げ込みます。

その後、彼らがローマの鎮圧部隊に勝利したことで、
それを見た周辺地域の奴隷が集まり、
反乱軍の規模は数万人規模に膨れ上がりました。

何度か鎮圧のためにローマ軍が差し向けられますが、
いずれも撃破していきます。

やがて、当時「ローマの富の半分を所有する」と言われた大富豪
マルクス・リキニウス・クラッススが、一度は敗れながら、
前71年、スパルタクスの反乱軍を包囲します。

その包囲網を突破しようとする戦闘の中で、
スパルタクスは戦死します。

強力な指導者を失った反乱軍は、北へ逃れますが、
ポンペイウス軍によって壊滅させられます。

反乱に関わった奴隷たちは捕虜となり、
アッピア街道沿いに、生きながら十字架刑とされました。

こうしてスパルタクスの反乱は終息しましたが、
その後、奴隷の待遇は向上したと言われています。


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