2007年06月08日

イタリアの歴史032共和政ローマ25(スッラの独裁と共和政の限界)

やがてローマを奪還したスッラは無期限の独裁官に就任し、
元老院の権力強化と軍政改革を断行します。

民衆派が恐れていたように、敵対した民衆派の粛正を行います。

これにより、マリウスが行った虐殺よりも
さらに多くの人が処罰・処刑されました。

その処罰者名簿には、有名なカエサルも名を連ねていましたが、
彼は、条件付きで処罰対象から外すという条件を拒否し、
小アジアへ逃亡し、スッラが死ぬまでローマには戻れませんでした。


一連の改革を終えたスッラは無期限の独裁官を突如辞任し、
政界を引退して、ローマから離れた別荘で余生を過ごしました。

彼は、民衆派による独裁制が二度と起きないように、
独裁官となって元老院の権限強化などを行いました。

独裁制を防ぐためになった独裁官となったというのは、
共和政が限界に近づいていたことを意味していました。

イタリアに留学するなら、
イタリアの歴史について学んでから行った方が、
何倍も楽しめますよ!

留学中に各地の世界遺産や歴史的建造物、
美術品を見て回る時に、
役立つような内容を毎回書いていきます♪

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