2007年04月06日

マリオ アンドレッティ 4

”ザ イタリアンパワー イン モータースポーツ”

マリオ アンドレッティの4ですな

前回は、話が大きく跳んで、赤いペガサスになっちまった

さて、マリオに話を戻そう
マリオといえば、ロータス79でワールドチャンピオンになったのが、やっぱり印象的ですな。

悲劇的なワールドチャンピオン。
そう、悲劇のイタリアグランプリのアクシデントで、ロニー ピーターソンが帰らぬ人になったことによって、チャンピオンになった。

この年、1978年のロータスはめちゃくちゃ速くて、シリーズランキングトップがマリオ、2位がロニー。ロニーがポイントを取ることができなくなった時点で、マリオがチャンピオンになったのです。

こういうのって、悲しい。

この年、ロニーはきっちりNo2の仕事をしていました。スピードではマリオをしのいでいた、といわれています。しかし、自分の立場をきちんとこなすことが自分の未来につながると信じ、ロニーはプロフェッショナルな仕事をしていたのです。

ワタシがロニーの事故死を知ったのは、映画「ポールポジション」の新聞広告で。
当時、F1ドキュメンタリー映画「ポールポジション」が公開されました。

そこに、「イタリアGPでなくなったロニー ピーターソンにささげる」との文字が・・・・
ワタシは、固まりました。

ええ~、ロニーがもうこの世にいないの・・・・・・・・・・
白熊マークをつけた青いヘルメットに、黄色いつばのヘルメット、コーナーをカニ走りするロニーはもういない。

ショックだったな・・・・

文責:イタル山本:若かりしころ、イタリア留学を夢見るも果たせず。90年代後半をニューヨークで過ごし、その間結婚、新婚旅行イタリアならぬ日本の温泉。その後アメリカで生まれた子供と3人で、イタリア旅行を果たした。F1やWGP好きのオヤジである

P.S.
今回は、資料を見ないで書いています。こうなると、自分の地がでちゃいますね。

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