2007年04月12日

マリオ アンドレッティ 5 (F1とオリンパス)

”ザ イタリアンパワー イン モータースポーツ”

イタリア生まれのアメリカ人、マリオ アンドレッティ その5

1978年にロータスでワールドチャンピオンとなったマリオ アンドレッティ。この年のロータスは、JPSに加えて、OLYMPUSもスポンサーとなっていたのです。車体の色は黒に金のJPSカラー。John Player Specialとともに、OLYMPUSの金文字が車体に大きく描かれていました。

バブルのころこそ、多くの日本企業がF1のスポンサーをしましたが、このころの日本企業でF1のスポンサーをするというのは、通常は考えられません。オリンパスといえば、当時はOMシリーズが全盛のころ。私は日本企業のロゴが大きく車体に描かれ、さらにその車がチャンピオンになってしまったことに、日本人としてとてもうれしかったものです。

その後オリンパスは、ウォルターウルフレーシングをスポンサード。このときは、元ワールドチャンピオンのジェームス ハントがドライブしていました。残念ながら、その年のウルフは、良い成績ではありませんでした。

ちなみに、オリンパスは、アイルトン セナがロータスにいるときにもスポンサーをしています。このときもJPSカラーです。

また、近年では、フェラーリのスポンサーをしています。もっとも、近年のF1は、その経費が莫大となり、OLYMPUSのロゴもノーズ先端にほんのちょっとついているにすぎず、TVで確認することは不可能でした。

ただし、日本、アメリカ、カナダ、ドイツなど、オリンパスの本社や海外法人のある国のGPでは、GP自体のスポンサーを行っており、サーキットの各箇所にOLYMPUSのロゴが立てられており、TVでもそれが大きく映し出されていました。

日本企業で、これだけ長くF1に携わり、その時期のワールドチャンピオンやスタードライバーのチームをスポンサードした企業は、オリンパス以外にはいないでしょう。

他には、Canonがウィリアムズをメインスポンサーしていました。

おっと、アンドレッティの話題から、今回も大幅に脱線しちゃいました~。
ではまた。


文責:イタル山本:若かりしころ、イタリア留学を夢見るも果たせず。90年代後半をニューヨークで過ごし、その間結婚、新婚旅行イタリアならぬ日本の温泉。その後アメリカで生まれた子供と3人で、イタリア旅行を果たした。F1やWGP好きのオヤジである

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