2007年04月21日

イタリアの歴史024共和政ローマ17(属州の増加と共和政の変質)

西方のカルタゴと戦っている頃、
ローマは同時に東方のマケドニアとも
数度にわたる戦争をしていました。

そして、ほぼ同時期にマケドニアを滅ぼし、
ローマの属州とします。

この「属州」という仕組みは、
納税義務を課し、その徴収のために総督を派遣しますが、
その都市の自治を尊重するというものでした。

やがて属州が増加してくると、
そこから安価な穀物がローマに流入し、
急激な人口増加と農民の没落を招きました。

それは、この頃には長年にわたる戦争により、
農民たちは自分の農地から引き離され、
作物も属州からの安価な穀物により売れないためでした。


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イタリアの歴史について学んでから行った方が、
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留学中に各地の世界遺産や歴史的建造物、
美術品を見て回る時に、
役立つような内容を毎回書いていきます♪

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