2007年04月15日

イタリアの歴史023共和政ローマ16(第三回ポエニ戦争とカルタゴの滅亡)

第二回ポエニ戦争後の、
カルタゴに対するローマの要求は、
カルタゴの良家の子息300人を
ローマへ人質に差し出すというものでした。

しかし、そのすぐ後に、全ての武器の引き渡しを要求し、
さらに、それが終わったあとに、
カルタゴの町を焼き払うので、
海岸から10マイル内陸へ移るように、という
海洋国家であったカルタゴには受け入れがたい要求でした。

これに強い不満を持ったカルタゴは、
ついに前149年にローマと開戦します。

これが最後となる第三回ポエニ戦争です。

3年に及ぶ包囲戦の後、前146年春、
カルタゴは多大な戦死者と餓死者を出し陥落します。

ローマはカルタゴの町を跡形もなく焼き払い、
残った住民は全て奴隷として売られていき、
ここにカルタゴは消滅します。

因に、カルタゴの復活を恐れたローマは、
カルタゴ周辺に、再び作物が育つことの無いように、
塩を撒いたとされますが、それを裏付ける記録はありません。


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