2007年03月08日

アレックス カフィ

”ザ イタリアンパワー イン モータースポーツ”

次なるイタリアF1レーサーは、アレックス カフィだ。

とはいえこの人、私はあんまり印象がないんだけど^^;

1986年から1991年までF1で活躍。所属チームは、オゼッラ,スクーデリア・イタリア,アロウズ ,フットワーク。おお、最初の2チームは、こりゃマイナーチームだぁ。どうりでこの人、印象が薄いはず。このチームについては別の機会に、解説しましょうかね。

さてさて、アレックス君、F1前の実績はと言うと、1984年、1985年は、イタリアF3に参戦、両年とも、2勝で、シリーズランキング2位。なかなかやりますなぁ。

で、1986年、イタリアGPからオゼッラでスポット参戦。予選27位の最後尾から、11位完走。やるなぁ。翌年はオゼッラからフル参戦するも、サンマリノGPがたった一回の完走でした。やっぱ、マイナーチームはつらい。

次の2年は、スクーデリア・イタリアに所属。1988年は、完走7回、最高位7位。1989年、モナコでは4位入賞。しかし、アメリカGPでは、チームメイトのチェザリスを周回遅れにしようとしたところに、チェザリスアタック(笑)、リタイヤに。出たな、チェザリス。しかし、笑っている場合じゃないよね、アレックス君にしてみればさ。

イタリアのチーム、イタリア人同士でぶつかってちゃだめでしょう。イタリアGPでないところが、せめてもの救いですね。

1991年はアロウズに移籍、しかし、ポルシェのおも~いV12エンジンを積んで、マシンはダメダメ。予選落ち多数。さらに、交通事故で両足を骨折して4戦欠場。何をやってもうまくいかないときって、人生にはあるんですよね。

1992年はアンドレア・モーダと契約(これまた、マイナーだ)。しかし、FISAへ保証金未払いのこのチーム、参戦を拒否され、アレックス君、一度もマシンを走らせることなく、F1を去っていったのでした。

F1て、いつの間にかなくなってしまうチーム、気がつくといなくなっているドライバーが結構います。厳しい世界だなぁ。

文責:イタル山本:若かりしころ、イタリア留学を夢見るも果たせず。90年代後半をニューヨークで過ごし、その間結婚、新婚旅行イタリアならぬ日本の温泉。その後アメリカで生まれた子供と3人で、イタリア旅行を果たした。F1やWGP好きのオヤジである。

編集後記
筆者には、イタリアって、いい加減な国って印象がある。「ウマい話には気をつけろ!スペシャル」3月14日(水) 日本テレビ 21:00~21:54 には、とんでもな~い話が紹介されるぜ。ちょっと引用しま~す。
イタリアのテレビショッピング番組に出演して詐欺行為をした女性を紹介。彼女は塗るだけでやせるというクリームを巧みな話術で販売して人気を集めた。その商品は市販されているボディークリームのラベルを張り替えただけのものだったが、彼女は30年近くも逮捕されなかった。」
なんか、汗水たらして働いているのが馬鹿らしくおもえちゃったりして^^;

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