2007年03月19日

イタリアルネサンス(その3/3)

Grazie(グラツェ)ありがとうございます。
イタリア文学について徒然に語るこのページ、ご覧頂きまして。 m(__)m
私はピノキオです。イタリア文学の認識を新たにしようとイタリア文学の旅をしています。
 
 
■今回は、『イタリアルネサンス』へ寄り道(その3/3)です。
 
イタリア文学を理解するのに、イタリアルネサンスへの認識は欠かせない。
そう言う意味で、3回シリーズで、イタリアルネサンスを概観してみます。
 
 
イタリアルネサンス(その3/3)
 
ルネサンスの時代(14世紀-16世紀)は明るい時代ではなく、
ペストの流行や、政争(注)、戦乱の続く波乱の時代であった。
 
(注)…関連思想 ⇒ マキアヴェッリ『君主論』
 
文化を享受していたのも宮廷や教皇庁など一部の人々に過ぎず、
魔術や迷信もまだ強く信じられていた。
 
ルネサンスのイタリアはヨーロッパを近代に導く役割を果たしたが、
国内は教皇領や小国に分裂し、
またイタリア戦争後は外国の勢力下に置かれたため国家統一が遅れ、
政治・社会の近代化では立ち遅れる結果になったのである。
 
1600年には宇宙の無限性を唱えたブルーノが異端として火刑に処せられた。
イタリアにおいては自由な科学研究も困難な状況であることが示され、
ルネサンスの時代は終焉を迎えたというべきであろう。
 
ただ、17世紀のローマはカトリック教会を中心にバロック美術の時代に入り、
直ちに文化的に不毛な状態になったわけではない。
 
 
 
■参考資料
ルネサンス  (Wikipedia)
 
 
Ciao!(チャオ)じゃぁ~またね~。
 
私(ニックネーム、ピノキオ)の親友が、大のイタリア好きで、
イタリア留学経験があり、社会人になり旅行保険業務でイタリア長期滞在経験を持ち、
イタリア滞在中、多くの日本のイタリア留学生に接し、最近、日本に帰ってきました。
私(ピノキオ)は、その彼から、イタリア留学生の話とかイタリア文学の話を楽しく紹介されたので、
それに触発されて、イタリア文学へ興味を持ち、イタリア留学生になったような気持ちで、
イタリアの文学への見識を楽しみながら広め深めしています。
このコラムは、私(ピノキオ)が書いています。

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