2007年03月10日

イタリアの歴史013共和政ローマ06(護民官の登場)

支配層と一体となった平民たちですが、
前494年に自分たちの権利の保護を目的として、
「護民官」を設置します。

この護民官の設置の際に平民たちがとった行動が、
モンテサクロという聖山に立てこもり、
自分たちの政治的発言力の強化を求める、
というものでした。(聖山事件)

彼らは、ローマの政治体制を拒否し、
聖山で新たな国家を樹立する動きを見せます。

そこで自分たちの代表(=護民官)を選び、
そのもとで結束し、その身体の不可侵を神に誓います。

代表は執政官と対応して2名が選出され、
平民のみで構成された「平民会」が
議決機関として設置されました。

こうした平民たちの動きに対して
貴族たちも妥協せざるを得なくなり、
平民会を正規の民会として認め、
護民官も国家の官職としたのです。

この護民官は平民だけが参加する平民会で選ばれ、
他の政務官の決定事項を取り消す権利を持ち、
また、彼らの身体は不可侵であることも承認されました。

イタリアに留学するなら、
イタリアの歴史について学んでから行った方が、
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留学中に各地の世界遺産や歴史的建造物、
美術品を見て回る時に、
役立つような内容を毎回書いていきます♪

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