2007年02月23日

リカルド パトレーゼ 3

イタル山本の ”ザ イタリアンパワー イン モータースポーツ”

イタリアF1レーサー リカルド パトレーゼその3

1989年、パトレーゼを襲った悲劇とはなにか。それは、第14戦、イタリアGPで起きます。彼にとっては、ホームグラウンド、地元のGPです。

そこで彼を待っていたのは、スタート直後の多重事故だったのです。このとき、ロータスをドライブしていたフライングフィン、ロニーピーターソンが足を骨折負傷。

命に別状はないと思われていたにもかかわらず、脂肪塞栓のため、翌日病院で死亡してしまったのです。これは、イタリアの医療が劣っていたためともいわれています。

この死亡事故の原因を作ったのが、若きパトレーゼだと批判され、次のアメリカ東GPを欠場することになったのです。

文責:イタル山本:若かりしころ、イタリア留学を夢見るも果たせず。90年代後半をニューヨークで過ごし、その間結婚、新婚旅行イタリアならぬ日本の温泉。その後アメリカで生まれた子供と3人で、イタリア旅行を果たした。F1やWGP好きのオヤジである。

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