2007年02月28日

【ワインの歴史】フィロキセラ、世界に広がる

イタリアに留学したら本場のワインを味わいたいものです。
イタリア留学した際に是非ワインの知識を身につけて充実したイタリア留学をエンジョイしましょう。
イタリアワインを味わってこそ、イタリア留学の醍醐味を味わえるものです。


一方、アメリカではカリフォルニアワインの父と讃えられるアゴストン・ハラジーがヨーロッパ品種の葡萄をカリフォルニアで栽培しワイン生産を広めていました。そして皮肉なことにアメリカ原産のフィロキセラは同じアメリカ大陸ではなくヨーロッパを経由してカリフォルニアにやって来ます。そして、ここでも壊滅的な打撃を被ります。またフランスでフィロキセラで壊滅状態になったボルドーの造り手達が隣国スペインのリオハ地方に移り住み、かの地で優秀なワインを生み出すなどの影響もありました。

さて、このフィロキセラ、結局はこの害虫に対し抵抗力のあるアメリカ原産葡萄の一部(ヴィティス・リパリアなど)にヨーロッパのワイン向き葡萄品種(ヴィティス・ヴィニフェラ)の枝を接ぎ木する事により解決します。以後、現在に至るまで世界中のワイン用葡萄はこの方法で栽培されています。

(注.チリとオーストラリアには自根栽培の葡萄が成育しています。また砂地の畑では線虫の移動するだけの間隔が粒と粒の間にないという理由から南仏の海岸地域などでも自根で栽培可能なところがあります)

フィロキセラの被害
そして、万博の9年後(8年後という説もある)1864年に大変な事件が起きます。

この時期ヨーロッパで栽培されていた葡萄はヴィティス・ヴィニフェラという中央アジアに原産する種類のものでした。これはワイン用に適した品種なのですが、当時の葡萄栽培者は研究熱心で、新大陸(アメリカ大陸)に自生する新たな品種の葡萄を研究用に輸入したのです。現在、他の国から動植物を輸入する際に検疫という作業が必ず行われますが、当時はそうゆう知識もあまりなく新大陸の新葡萄品種と一緒にそれについていた葡萄の害虫フィロキセラを一緒に輸入してしまいます。

ヨーロッパにはこの害虫は全く居なかったため、葡萄の木には免疫がなく、あっという間に全フランス、ヨーロッパに広がってしまいます。このフィロキセラという害虫は日本語では「ぶどう根アブラムシ」といい、その名の如くワイン用の葡萄の木の根についてやがて葡萄の木を枯らしてしまいます。このため、ヨーロッパのワインは壊滅的な打撃を受けます。

アメリカ原産の葡萄は折角輸入してみたものの結局ワインには向かない葡萄だったため、当時は害虫のフィロキセラを輸入しただけという結果に終ってしまいます。

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